松本市柔道教室事件

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松本市柔道教室事件(まつもとしじゅうどうきょうしつじけん)とは、2008年に柔道教室で指導者が教え子にかけた投げ技により、教え子が大けがを負った事故である。

概要[編集]

2008年5月、長野県松本市の柔道教室で、男性指導者Oが柔道の乱取りの練習で片襟体落としの投げ技をM(当時小学6年生)にかけて投げた。Mは、畳に頭を打ちつけはしなかったものの、頭を揺さぶられて急性硬膜下血腫を引き起こし(加速損傷)、頭部損傷による内出血を起こして、一時意識不明の重体となった。その後も、麻痺して体を動かせないなどの後遺症が残ることになった。

MとMの両親は、教室責任者の指導者Oと柔道教室が加盟していた財団法人松本体育協会、地元自治体を相手に、意識不明の重体になった原因が指導上の安全管理を徹底していなかったことにあるとして約4億750万円の損害賠償を求め、民事訴訟を起こした。

指導者Oは「事故原因が自分のかけた技が原因か分からない」と供述。2010年9月8日、長野県警松本署業務上過失傷害容疑で指導者Oを書類送検。その後、2012年4月25日に長野地検は、「過失の認定が難しい」として嫌疑不十分で不起訴処分とした。Mの両親は不起訴処分を不服とし、2012年5月11日にOの審査を長野検察審査会に申し立てた。

2012年7月26日に長野検察審査会は、片襟体落としの投げ技の衝撃を示す文献などから、片襟体落としは頭部損傷を引き起こす危険性が示されているとして、「指導者として事故を予見し、回避することが可能だった」と判断。業務上過失傷害罪で起訴相当とする議決をした。これを受けて再び再捜査が行われたが、2012年12月14日に長野地検は、嫌疑不十分で再び不起訴処分。不起訴の理由として、加速損傷の危険性が認知されたのは今回の事故以降であり、Oがかけた技が加速損傷を起こすとの認定は困難として、「予見可能性を認定できなかった」とした。

2013年1月9日に、長野地検の2度目の不起訴処分を不服としてAの両親は起訴議決を求める意見書を長野検察審査会に提出。2013年5月21日、長野検察審査会は「体格、能力差がある相手に基本技以外の片襟体落としをかけた」として起訴議決とした。議決書では、Oは柔道整復師で加速損傷と硬膜下血腫の関係を知りうる立場であることに加えて、ラグビー界では加速損傷の危険性が認識されていて硬膜下血腫を引き起こす危険性を知ることができたことを指摘した。これにより、全国で8件目となる強制起訴が行われることになり、柔道事故としては初の強制起訴となった。

刑事裁判経過[編集]

2013年8月1日の初公判で検察役の弁護士は、指導者Oは、Mとの技量差や体格差があったにも関わらず、気合を入れるために力加減せずに片襟体落としで投げたと指摘。 これに対して被告は、「投げ技には十分注意していた。Mは大会でも受け身が取れていた」と主張。また弁護側は、当時は頭部の打撲がなくても急性硬膜下血腫が生じることは知られておらず、頭部損傷は予測不可能だったと主張した[1]

2014年4月30日、長野地裁(伊東顕裁判長)は、禁錮1年執行猶予3年(求刑禁錮1年6カ月)の有罪判決を言い渡した[2]。強制起訴事案の全国八件目にして二件目の有罪判決となった。その後、検察・弁護側ともに控訴せずに有罪判決が確定[3]。強制起訴事案としては、初の有罪判決確定となった。

民事裁判経過[編集]

被告側は、当時は加速損傷による急性硬膜下血腫は知られておらず、事故の予見は不可能だったと主張した。2011年3月16日、長野地裁松本支部は、損害賠償金として約2億4千300万円の支払いを命ずる判決を言い渡した。判決では、指導者Oの責任のみを認定。判決では、加速損傷により急性硬膜下血腫が発症したとし、予見可能性を認めた。また、加速損傷による急性硬膜下血腫発生を知ることは難しくなく、指導者としての注意義務を怠ったとした。この判決を不服として被告は控訴した。

控訴審では、2011年8月4日に東京高裁が結審と共に和解を勧告。和解勧告に従って、2011年9月22日、東京高裁市村陽典裁判長)で和解が成立。原告の出した和解の条件に、Oが柔道指導でかかる行為を二度と繰り返さないこと、和解金ではなく損害賠償とすること、指導と事故との因果関係を認めて謝罪するという条件があった。Oはこれを受け入れて、1審判決を上回る約2億8千万円の損害賠償金を支払うことで合意し、過失を認めて謝罪した。

補足[編集]

  • 本事件は、強制起訴事案の中では「徳島石井町長ホステス暴行事件」(徳島県石井町長の河野俊明が一審、二審で有罪判決を受けて上告中)に続いて2件目。徳島県の事件では検察が起訴猶予としていたため、嫌疑不十分として不起訴にした事件としては本事件が初の事例となった。また、徳島県の事件は罰金刑だったため、強制起訴慰安で懲役・禁錮刑を言い渡された事件も本事件が初。本事件の有罪判決によって、強制起訴の8事件の内2件で有罪判決が言い渡されたことになった。

脚注[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 「柔道元指導者を強制起訴 男児に投げ技 大けが」- 2013年5月22日読売新聞朝刊35面