岸勇
岸 勇(きし いさむ、1919年2月10日 - 1995年3月11日[1])は、社会福祉学者。日本福祉大学教授などを務め、公的扶助論、ケースワーク論を中心に研究した[2]。公的扶助とケースワークの関係をめぐり、仲村優一との間で展開した「仲村・岸論争」で知られる。
来歴[編集]
徳島県生まれ。1941年、東京帝国大学経済学部経済学科卒業、ラバウルに4年間出征。1947年、日本社会事業学校研究科卒業、日本社会事業協会事業研究所職員。1949年、「日本経済保護事業の歴史的役割と必然的方向」で社会事業文献賞を受賞。1951年、東北大学農学部生活学科助教授。1954年、中部社会事業短期大学助教授。1957年、日本福祉大学助教授。1960年、同教授。社会政策・公的扶助・社会保障論を担当。1971年、退職[1]。1969年の学生ストライキを擁護したために翌年教授会で職務停止・謹慎勧告が採択され、1971年に大学から退職辞令を出されたことから、地位確認を求めて訴訟を起こしたが、1981年に大学との和解が成立した[3]。
1975年、西九州大学社会福祉学部教授。1982年、退職、佛教大学社会福祉学部教授。1989年、定年退職、同大学嘱託。1993年、退職[1]。1995年、脳内出血のため自宅で死去[1][4]。
仲村・岸論争[編集]
「仲村・岸論争」は、昭和30年代に公的扶助とケースワークの関係をめぐり、岸勇と仲村優一(日本社会事業大学教授)との間で展開された論争。「岸・仲村論争」とも呼ばれる[5]。1956年に仲村が「公的扶助とケースワーク」(『日本社会事業大学研究紀要』第4集、1956年11月)を発表したことに始まり、これに対して岸が「公的扶助とケースワーク――仲村氏の所論に対して」(『日本福祉大学研究紀要』第1集、1957年10月)、「"公的扶助とケースワーク"への疑問――仲村氏の所論に対して」(『社会事業』、1958年5月)などで批判を展開した[6]。数回にわたる論争が行われ、1963年の岸の論文「社会福祉主事に訴える」(『福祉研究』12号、1963年12月)で途絶えた[7]。
仲村は公的扶助とケースワークを分離するのではなく、公的扶助にケースワークの知見や技術が利用できると主張した。また権威主義的・抑圧的処遇方法に対し、自己決定の原理の尊重を対置した。一方、岸は公的扶助とケースワークの分離を強調し、最低生活保障と自立の助長を合わせて考えるのは、行政当局が公的扶助を抑制するためであると主張した[5][6]。論争が行われた当時、政府は生活保護基準の改定停止、「適正化政策」と称した生活保護・医療扶助の抑制強化を行っており、ケースワーカーは保護打ち切りによる保護率の引き下げを求められていた。このような時代背景の中で制度・政策としての公的扶助と、援助技術としてのケースワークの関係が問われた。この論争は中断し結論は出ていないが、ケースワーカーや研究者の間に議論を呼び起こした[6][7]。
著書[編集]
単著[編集]
- 『公的扶助とケースワーク――公的扶助批判』(風媒社、1965年)
- 『戦後日本ソーシャルワーク基本文献集 第1期 第7巻』(岡本民夫監修、日本図書センター、2011年)
- 『公的扶助の戦後史』(野本三吉編、明石書店、2001年)
分担執筆[編集]
- 社會政策學會編『社會政策學會年報第1輯――賃銀・生計費・生活保障』(有斐閣、1953年)
- 『日本の貧困――ボーダー・ライン階層の研究』(有斐閣、1958年)
- 丸山博ほか編『講座社会保障 第3 日本における社会保障制度の歴史』(至誠堂、1960年)
- 日本社会事業研究会編『社会福祉事業概説』(ミネルヴァ書房、1964年)
- 日本福祉大学『研究論文集――創立10周年記念』(日本福祉大学、1964年)
- 内田守、岡本民夫編『医療福祉の研究』(ミネルヴァ書房、1980年)
- 野久尾徳美、清原浩編『福祉問題研究の手引き』(法律文化社、1980年)
- 岩田正美監修『リーディングス日本の社会福祉 第4巻 ソーシャルワークとはなにか』(日本図書センター、2011年)
出典[編集]
- ↑ a b c d 野本三吉「解説 公的扶助の戦後史」岸勇著、野本三吉編『公的扶助の戦後史』明石書店、2001年、328-330頁
- ↑ 『公的扶助の戦後史』著者紹介
- ↑ 野本三吉「解説 公的扶助の戦後史」岸勇著、野本三吉編『公的扶助の戦後史』明石書店、2001年、317-318頁
- ↑ 野本三吉「解説 公的扶助の戦後史」岸勇著、野本三吉編『公的扶助の戦後史』明石書店、2001年、310頁
- ↑ a b 「岸・仲村論争」仲村優一、一番ケ瀬康子、重田信一、吉田久一編『社会福祉辞典』誠信書房、1974年、54頁
- ↑ a b c 「仲村・岸論争」古川孝順、金子光一編『社会福祉発達史キーワード』有斐閣(有斐閣双書)、2009年、148-149頁
- ↑ a b 野本三吉「解説 公的扶助の戦後史」岸勇著、野本三吉編『公的扶助の戦後史』明石書店、2001年、307頁
関連文献[編集]
- 真田是編『戦後日本社会福祉論争』(法律文化社、1979年)
- 仲村優一『ケースワークの原理と技術』(改訂版、全国社会福祉協議会[全社協選書]、1978年)