太平洋炭礦
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太平洋炭礦(たいへいようたんこう)は、北海道は釧路の石炭採掘会社。
概要[編集]
大正9年の4月に設立された会社で、採掘場所は釧路の海底である。
木村組炭鉱と三井釧路炭鉱の合併によってできた会社である。初期の資本金額は二千二百万だった。
大正14年は二十万トンの出炭量だったが。1940年頃には年間百万トンに達している。1946年に海底採掘を手掛け始めた。
石炭は好景気が続いたが、石油への転換で1970年には太平洋炭礦だけが残ったという。
苦しい経営にあえぐよその会社をしり目に好調を続けているが、機械化採掘がものを言っている。
1967年にシールドわくとドラムカッターを組み合わせたSD採炭方式で群を抜く。1972年にはその進化系WSD方式が登場した。
オーストラリアからも引き合いが来て1974年に技術輸出を果たした。
その太平洋炭礦も2002年に閉山し、釧路コールマインが後を継いだ[1]。
参考文献[編集]
- 『北海道の中堅100社』1978年11月17日発行 日本経済新聞札幌支社