天気予報自由化
天気予報自由化(てんきよほうじゆうか)とは、それまで、法律により気象庁のみ認められていた発表から、民間に独自の数値を提供し、独自の解説が行える様にすることを示す。
自由化の背景[編集]
戦前は東京の中央気象台以外は道府県の機関だった気象台が国家統制で省庁の機関となってから、気象概況や天気予報の発表は気象庁および傘下の気象台のみ実施と規定され、日本気象協会が放送等で行う気象解説も気象台発表内容に沿ったものとなっていた。それにより、新聞からテレビに至るまで、全て同じ図面を使い、同じ解説を行っていた。
しかし、1990年頃に民間放送事業者から「多くの国営企業が民営化され、自由化もされていることから、天気予報も、もっと自由に詳しく伝えることは出来ないか」という申し立てにより、気象協会が天気予報の自由化の検討をした事が始まりとされている。当初、自由化には慎重の立場であった。というのも、天気予報は命に係わることも想定されていたのが理由であった。
しかし、協会の中でも「天気予報のニーズは高まっていると認識している」という職員もいた。その後の1993年度による法改正により、95年度から天気等の気象予報の自由化が決まった。
自由化後の動き[編集]
自由化前までの天気予報は
の4つのみで、これらに加え、アメダスによる気温/降水量の現況を伝えたが、自由化後は今では当たり前になったシステムが導入され、より日常生活に密着した内容も情報として伝えられた。
- 毎日の1週間予報提示の義務化(以前は週末のみ表示されていた)
- 3時間ごとの天気
- 乾燥注意予報
- 洗濯情報
- お天気中継映像
- お天気マークの自由化
- 風と波の解説
- 服装情報
この流れには森田正光などの予報士が関与している。
ただし、台風情報や津波警報などは気象庁のみと法律で定められている。
天気予報自由化に伴い、天気専門民間チャンネル『ウェザーニュース』が誕生した。
また、森田正光はウェザーマップを創業した。
反面、測候所は無人の特別地域気象観測所への移行が進んだ。