バス車体絵画事件

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バス車体絵画事件[1][2][3](バスしゃたいかいがじけん)は、著作権法第46条(公開の美術の著作物等の利用)について争われた裁判例である。東京地方裁判所平成13年7月25日判決、平成13年(ワ)56。判例時報1758号137頁、判例タイムズ1067号297頁。はたらくじどうしゃ事件[4]市営バス車体絵画掲載事件[5]等とも。

経緯[編集]

原告は世界的な画家のロコ・サトシ。1970年代頃、東急東横線桜木町駅の高架下で描いたウォールペイントで注目を浴びて以来、横浜市を中心に活動。アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ市にも拠点があり、日米で活躍している。1994年、原告画家は横浜市営バスのバス車体に絵画を描き、当該バスは横浜市内を運行することとなった。

被告永岡書店は、児童書や実用書を発行する出版社である。1998年、被告は『なかよし絵本シリーズ5 まちをはしる はたらくじどうしゃ』なる書籍を出版した。当該書籍の表紙ならびに本文中には、本件バスの写真が原告著作者名の表示なく掲載された。

これにつき、被告が原告の有する本件絵画の著作権ならびに著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものとして、原告は被告に損害賠償の支払を求めた。

判旨[編集]

裁判においては、下記の5点が争点とされた。

  1. 本件絵画の美術の著作物(著作権法第10条4号)該当性
  2. 本件絵画の同法第46条柱書該当性
  3. 被告の行為の同法第46条4号該当性
  4. 氏名表示権(同法第19条)侵害の有無ならびに同条3項該当性
  5. 損害額

後述の通り、本件絵画が美術の著作物には該当するものとしたが、同法第46条の規定に該当するものとして著作権侵害を否定し、損害賠償請求を棄却した。

美術の著作物該当性[編集]

被告は「バスが目立つように配色し図形を描いただけ」と本件絵画が美術の著作物にあたらない旨の主張を行っていた。これに対し、裁判所は、本件絵画につき「赤、青、黄及び緑の原色を用いて、人の顔、花びら、三日月、目、星、馬車、動物、建物、渦巻き、円、三角形など様々な図形を、太い刷毛を使用した独特のタッチにより、躍動感をもって、関内や馬車道をイメージして、描かれた美術作品である。」と指摘して、「原告作品が、原告の個性が発揮された美術の著作物であることは疑う余地がない。」と被告の主張を否定した。

法第46条柱書該当性[編集]

同法第46条は、「美術の著作物でその原作品が街路、公園その他一般公衆に開放されている屋外の場所又は建造物の外壁その他一般公衆の見やすい屋外の場所に恒常的に設置されているもの」につき、所定の場合を除いていずれの方法でも利用することができるものと規定している。裁判所はまず「屋外の場所」について本件バスが「一般公衆に開放されている屋外の場所である公道を運行する」点を指摘して、同条の規定する「屋外の場所」に該当するものと判示した。次に、「恒常的に設置する」について「ある程度の長期にわたり継続して、不特定多数の者の観覧に供する状態に置くこと」であると判示して、本件バスは「他の一般の市営バスと全く同様に、継続的に運行されている」ことから「恒常的に設置」にも該当するものとした。なお、この「設置」についても、「不動産に固着されたもの、あるいは一定の場所に固定されたもののような典型的な例に限定して解する合理性はない」としている。

法第46条4号該当性[編集]

同法第46条4号は、「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合」につき同条の適用を除外している。原告は、被告の行為が同号に該当するものと主張した。しかし、裁判所は、被告書籍につき「幼児向けに、写真を用いて、町を走る各種自動車を解説する目的で作られた書籍」であるとして「各種自動車の写真を幼児が見ることを通じて、観察力を養い、勉強の基礎になる好奇心を高めるとの幼児教育的観点から監修されている」と指摘。さらに、「本件書籍を見る者は、本文で紹介されている各種自動車の一例として、本件バスが掲載されているとの印象を受けると考えられること」により、被告の行為は「美術の著作物の複製物の販売」には該当するものの、それを「専ら」の目的として行っているわけではないため、同号に該当しないものと判示した。

氏名表示権侵害の有無[編集]

同法第19条3項は、「著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。」と規定している。被告は本件書籍内に本件絵画の著作者名を表示しなかった行為が同項の場合に該当すると主張し、裁判所も「被告書籍における著作物の利用の目的及び態様に照らし、著作者氏名を表示しないことにつき、その利益を害するおそれがない」と認定して、氏名表示権侵害の主張を退けた。

評価[編集]

吉田広志は、「Y書籍を製作するにあたっては、『はたらくじどうしゃ』が撮影できればそれで十分であり、」「一般の路線バスで足りる」として、「Y書籍の表紙に関する本判決の判断にはにわかに賛成しがたい」という結論の理由にしている[6]。しかし、このように主張するならば、Y書籍の題名が「はたらくじどうしゃ」であることを事前に説明していなければならず、突如としてこの部分で「はたらくじどうしゃ」という表現が出てきても、事前知識のない読者には分からないのではないだろうか。

出典[編集]

  1. 小島立「公開美術著作物の利用〔バス車体絵画事件〕」『著作権判例百選 第5版』別冊ジュリスト231号、162頁。
  2. 小島立「公開美術著作物の利用〔バス車体絵画事件〕」『著作権判例百選 第4版』別冊ジュリスト198号、136頁。
  3. 中山信弘『著作権法』有斐閣、2007年、294頁
  4. 村井麻衣子「アクセス可能な著作物に対する公衆の利用の自由 はたらくじどうしゃ事件」『知的財産法政策学研究』第10号、247頁。
  5. 作花文雄『詳解著作権法』第3版、ぎょうせい、2004年、375頁
  6. 吉田広志「公開美術著作物の利用〔バス車体絵画事件〕」『著作権判例百選 第6版』別冊ジュリスト242号、155頁。

外部リンク[編集]