部屋が人を殺す

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部屋が人を殺すは、ミステリ作品にしばしば登場するモチーフであるが、ミステリファンの間で確固たる呼称が定着しているとは言いがたい。

  1. ある部屋に入った者は死んでしまうという伝説が語り継がれている(抽象的な観念としての「殺す」)
  2. 部屋の特殊な構造が人を殺すために機能している(物理トリックとしての「殺す」)

の2パターンに分けることができるであろうが、両者が同時に展開される作品もある。

歴史[編集]

推理小説の開祖エドガー・アラン・ポーはホラー小説の名手でもあった。1843年発表の短編『落とし穴と振り子』では、異端審問にかけられた主人公が暗い部屋の中で、鎌のついた落とし穴と振り子によってじわじわと殺されそうになる様が克明に描かれる。本作は推理小説ではないが、後世の作家に与えた影響は少なからぬものがあろう。

1852年にはウィルキー・コリンズ[1]が短編『恐怖のベッド』を発表している。パリのカジノで大金を当てた青年が、特殊な構造のベッドで殺されかけるサスペンスである。

1921年にイーデン・フィルポッツ[2]が発表した長編『灰色の部屋』が、しばしばこのジャンル(?)の古典的作品として言及される。『恐怖のベッド』よりは謎解き要素が強まりミステリらしくなっているが、それでも現代の読者の感覚からすると「ミステリとは言いがたいミステリ」かもしれない。「推理小説」というジャンルの方向性がまだきっちり固まりきっていない黎明期ならではの、ジャンル区分が難しい作品である。

1930年の甲賀三郎の短編『蜘蛛』が、建物が人を殺すという趣向の原型となる最も古い作品ではないか、と有栖川有栖は評している。この作品にはオカルト趣味はほとんど無く、物理トリックとしての部屋の利用が主眼である。

ジョン・ディクスン・カーは、1935年に『赤後家の殺人』、1940年に『幽霊屋敷(別題:震えない男)』を発表し、お得意の「オカルトホラー」と「大胆なトリック」の組み合わせを披露している。『赤後家の殺人』には前述の『灰色の部屋』からの影響が感じられる。

1968年のヘレン・マクロイ『割れたひづめ』も古典的作品として名前を挙げられることがある。

80年代の新本格ブームの隆盛後は、物理トリックとしての「部屋が人を殺す」作品が増加した。もともと存在する建築物を利用して殺人を犯すのではなく「殺人のために建物をつくる犯人」という趣向も増加し[3]、いわゆる「館もの」のサブジャンルを構成した。1982年の島田荘司『斜め屋敷の犯罪』や、2005年の北山猛邦『『ギロチン城』殺人事件』などがその最たる例といえるだろう。前者の『斜め屋敷の犯罪』はまだ「部屋を利用して人を殺す」といった趣であるが、後者の『『ギロチン城』殺人事件』は完全に「部屋人を殺す」としか形容しようのない作品である。

2019年の城平京の短編『六花ふたたび』(短編集『虚構推理 スリーピング・マーダー』所収)では、あるアパートの一室の入居者が3人連続で自殺しているという「現代の怪異」が描かれる。抽象的な観念としての「殺す」を提示していながら、オカルト落ちでも物理トリックでもなく、心理トリックによる現実的な解決が与えられる点が特異。「現代のチェスタトン」でも評すべき、逆説に満ちた小品である。

補足解説[編集]

  1. 『月長石』の作者として有名。T・S・エリオットは『月長石』を「最大にして最良の推理小説」と称えている。
  2. 代表作『赤毛のレドメイン家』は、江戸川乱歩が推理小説ベストテンとして選んでいる。
  3. 前述の甲賀三郎『蜘蛛』のような先例はある。

関連項目[編集]