禁じられた遊び
禁じられた遊び(きんじられたあそび、原題: Jeux interdits、英語:Forbidden Games)は、1952年に公開されたフランス映画である。ルネ・クレマン監督の代表作の一つである。1952年、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞とアカデミー賞名誉賞(後の最優秀外国語映画賞)、ニューヨーク映画批評家賞最優秀外国語映画賞、1954年、英国アカデミー賞最優秀作品賞を受賞する。
あらすじ[編集]
1940年6月のフランス。ドイツ軍のパリ侵攻からの避難途中に幼い少女ポーレットは、ナチの爆撃機により両親と愛犬を失う。ポーレットは歩さ迷ううち、牛を追って来た農家の少年ミシェルに出会い、ドレ家へ寄寓する。ドレ家では長男のジョルジュが馬に蹴られて重傷を追っていた。ポーレットはミシェルから死んだものは土に埋め、十字架を立てると教えられ、水車小屋に彼女の小犬を埋め十字架を立てた。愛犬がひとりぼっちで埋葬されるのを可哀そうに思い、モグラ、ミミズ、ヒヨコなど様々な動物の墓を作り、そこに十字架を立てる。十字架が不足したため、ミシェルは墓場から十字架を盗み動物の墓地に立てた。ジョルジュは容態が悪化して亡くなる。隣家グーアルの息子フランシスが軍隊を脱走して帰った。グーアル家とドレ家は犬猿の仲だったが、フランシスとドレの娘ベルトとは恋仲であったが、親に言いだせないでいる。司祭の言葉からミシェルが十字架を盗んだことが発覚し、ミシェルは家出する。その頃、戦災孤児として申告したポーレットを孤児院に入れるために憲兵隊がミシェルの家を訪ねてきた。ポーレットは人込みであふれる駅に連れられ、修道女により首から名札を下げられ、動かないように言い含められる。ポーレットが一人になったとき、雑踏から「ミシェル!」と呼ぶ声が聞こえてきた。ポーレットはミシェルを探すが、そのうち母を呼び求め、人々の間を書き分けて遠ざかる[1]。
映画の背景[編集]
一時「反戦映画」とのレッテルを貼られたが、単純な反戦映画ではない。世界の不条理、家族の絆、死の意味を問いかける映画である。当初はフランスで評価されなかったが、世界中で評判となる。批評では「悲しみによる抗議」と指摘されている[2]。戦争孤児となったポーレットの後ろ姿が雑踏に消えていくシーンは、何の責任もない子供たちの苦難を描き出しており、戦争の残酷さ、理不尽さを感じさせる。
映画音楽にはナルシソ・イエペスのギターのみが使われた。哀愁を帯びたテーマ曲であるスペインの古民謡「愛のロマンス」だけでなく、ド・ビゼー「組曲ニ短調」の中からブーレおよび、サラバンド、ラモーのメヌエットニ短調、リョベート編「アメリアの遺言」(カタロニア民謡)、コスト「練習曲」 (Op.38-6)が使用されている。撮影で予算を使い果たしたクレマンは、オーケストラを使うことができず、最初はスペインのギタリスト、アンドレ・セゴビアに楽曲を依頼するつもりだったが費用で折り合いがつなかった。そこで、生活のためにギターを弾いていたカフェで、当時24歳のスペインのギタリストナルシソ・イエペスを見出し、ルネ・クレマンは『禁じられた遊び』の音楽担当に抜擢した。
スタッフ[編集]
- 監督:ルネ・クレマン
- 原作:フランソワ・ボワイエ
- 脚色:ジャン・オーランシュ 、ピエール・ボスト 、ルネ・クレマン
- 台詞:ジャン・オーランシュ 、ピエール・ボスト 、フランソワ・ボワイエ
- 撮影:ロベール・ジュイヤール
- 音楽:ナルシソ・イイエペス
- セット:ポール・ベルトラン
キャスト[編集]
- ポーレット:ブリジット・フォッセー
- シェル・ドレ:ジョルジュ・プージュリー
- ミシェルの父:リュシアン・ユベール
- シェルの母:ジュザンヌ・クールタル
- ベルテ・ドレ(ミシェルの姉):ロランス・バディー
- ランシス(ベルテの恋人):アメディー
- ジョルジュ・ドレ(ミシェルの兄):ジャック・マラン