針と糸の密室
(目張り密室から転送)
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針と糸の密室とは、ミステリー作品における古典的な密室トリックの総称である。
概要[編集]
その名のとおり、針と糸を駆使してドアノブや錠前に細工を施し、密室状態を作り上げる物理トリックの総称である。また、「ふつうにドアから部屋(建物)の外に出て鍵をかけた後、何らかのトリックで鍵を部屋の中に戻す(しばしば被害者の手の中などに戻す)」というパターンもある。
現代においては「カビの生えた古臭いトリック」というニュアンスで言及されることが多く、ポジティブな意味で使われることは少ない[1]。
しばしば目にする言葉であるが、具体的な作品例として何があるのかは、それほど知られていない。一つには、ミステリはネタバレを避けて紹介されることが多いためであり、また一つには、そうした古臭い作品は徐々に読まれなくなっていくためである。
下記のような問題点がある。
- 説明が煩雑になることが多い。
- 文字で説明されても理解が難しい(図解があったとしてさえも)。従って、読み飛ばされがち。
- 「犯罪手口」を知る面白さはあるとしても、その部分が肥大化しすぎると、「小説」の全体の筋から浮いてしまう。「犯罪手口ガイドブック」を読んでいるようなものであり、「小説」を読んでいる意味がなくなってしまう。
- 日用品の「針と糸」は誰でも用意できるので、犯人特定につながりにくい。
- 「誰でもやろうと思えばできる複雑なトリックがありました」で、終わってしまいがち。
- つまり、「密室トリック」と「フーダニット」が結び付かずに、バラバラに並立しているだけの構成になりがちである。
作品例[編集]
下記に伏せ字で紹介するので、各々の責任で慎重に読むこと。年代順に並べています。
小説[編集]
海外作品[編集]
- アレクサンドル・デュマの『パリのモヒカン族』(1854年)
- エドガー・ウォーレスの『血染めの鍵』(1923年)
- ヴァン・ダインの『カナリア殺人事件』(1927年)
- ヴァン・ダインの『ケンネル殺人事件』(1933年)
- ただし、密室トリックがメインではない。
- クレイトン・ロースンの『帽子から飛び出した死』(1938年)
- 補足解説(一応伏せ字):密室を構成するトリック自体は陳腐だが、そのトリック自体をミスリードに使った全体のプロットは、現代でもミステリマニアからの評価が高い。
- ジョン・ディクスン・カー『死が二人をわかつまで』(1944年)
- 補足解説(一応伏せ字):一見すると古臭いトリックに思える。しかしよくよく読むと、「針と糸の密室」が広く世間一般に知られるようになった時代背景を逆用したプロットになっており、単なる焼き直し作品ではない。
国内作品[編集]
- 横溝正史の『本陣殺人事件』(1946年)
- 広義では「針と糸の密室」に含まれるだろうが、現代でもなお評価の高い佳作である。
- 高木彬光の『刺青殺人事件』(1948年)
- 「密室の作り方」そのものではなく「その密室の活用方法(あえてボカして言ってます)」が重要。そのためか、現代でもそれなりに評価されていなくはない。
- 加賀美雅之『『首吊り判事』邸の奇妙な犯罪――シャルル・ベルトランの事件簿』(2009年)
- 倉知淳「古典的にして中途半端な密室」(短編集『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状』所収)(2022年)
- 五十嵐律人『密室法典』(2024年)
- 書き下ろしアンソロジー『鍵のかかった部屋 5つの密室』(2018年) - 針と糸の密室に限定した書き下ろしアンソロジー。
ドラマ[編集]
- 『古畑任三郎』第2シーズン・第9話「間違えられた男」
- ただし、密室トリックの解明が主眼ではない。
漫画・アニメ[編集]
- 『名探偵コナン』
- 「黒の組織から来た女 大学教授殺人事件」(原作18-19巻、アニメ129話)
- 「本庁の刑事恋物語8 左手の薬指」(原作コナン56巻、アニメ487話)
目張り密室[編集]
「針と糸の密室」のアンチテーゼともいえるのが「目張り密室」である。扉や窓の隙間にテープを目張りした密室のことで、針や糸を通す余地がなくなる。(もっとも、針と糸に限らず、密室を成立する難易度が途端に飛躍するのであるが。)難易度が高いためか、作品例はそう多くない。
下記に作品例を紹介する。なお、針と糸の密室は事件の「真相」に触れるネタバレであるのに対し、目張り密室は事件の「発生状況」の分類にすぎないから、作品名を伏せ字にはしていない。(真相の解説は一部伏せ字にしている。)
- 海外小説
- カーター・ディクスン『爬虫類館の殺人』 - 目張り密室の最古の作品。今なおこのジャンルの頂点と評する向きもある。
- ネタバレ解説:扉は内側からテープがぴったりと貼られていた。(以下伏せ字)真空掃除機を使って、外側からテープを吸い込み、扉に密着させた。(伏せ字ここまで)
- クレイトン・ロースン「この世の外から」(オットー・ペンズラー編『魔術ミステリ傑作選』などに収録)
- 未邦訳作品
- 江成「本格1/2殺人」「為生而死」
- 鶏丁「昆虫絞刑官」「孤墳」「密閉的鉄殻」
- 御手洗熊猫『島田流殺人事件』「藩籬之鐘」
- 林斯諺『氷鏡荘殺人事件』
- 国内小説
- 荒巻義雄『天女の密室』
- 有栖川有栖『マレー鉄道の謎』
- 幾瀬勝彬「密封された寝室」
- 井沢元彦『陰画の構図』
- 折原一「密室の王者」「脇本陣殺人事件」
- 大山誠一郎「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」
- カーター・ディクスン『爬虫類館の殺人』のオマージュである。
- 貴志裕介『鍵のかかった部屋』のなかの「佇む男」「黒い牙」
- 「佇む男」のネタバレ解説:扉の内側には白いレースの布が大量の画鋲で留められていた。その扉の前に被害者が座っており、被害者のすぐ目の前には重いテーブルがあった。布は下側が留められていないので、たるみを利用して扉を少し開けて外に出ることは出来そうだが、扉のすぐ目の前に被害者をどうやって座らせたのだろうか? 紐で引っ張るのは難しそうだ。(以下伏せ字)犯人は殺人を犯したあと一旦現場を去り、半日後に再びやってきた。死後硬直で全身が硬くなっている被害者を扉にもたれかけさせるように置いて、外へと脱出した。やがて死後硬直状態が解けて柔らかくなった被害者の体は、滑らかなレースに沿って滑り落ち、座っているようなポーズで静止した。(伏せ字ここまで)
- 「黒い牙」あらすじ:動物マニアが猛毒の蜘蛛に噛まれて自室で亡くなった。その部屋は、危険な動物の万が一の脱出を防ぐため、隙間という隙間が全てぴったりと目張りされていた。しかし、動物の危険性を熟知していたはずの被害者は、なぜ素手で蜘蛛にエサを与えたのだろうか...? 探偵・榎本径が調査に乗り出す。
- 鯨統一郎『喜劇ひく悲奇劇』
- 楠田匡介「雪の犯罪」
- 斎藤栄「二重心中殺人」
- 柄刀一『密室キングダム』
- 二階堂黎人『稀覯人の不思議』「亡霊館の殺人」「最高にして最良の密室」
- 法月綸太郎『密閉教室』
- 東川篤哉「霧ケ峰涼への挑戦」「女探偵の密室と友情」
- 山村美紗『葉煙草の罠』
- 加賀美雅之「『首吊り判事』邸の奇妙な犯罪――シャルル・ベルトランの事件簿」
- 漫画作品
- 青山剛昌『名探偵コナン』
- 「バスルーム密室事件」(20巻所収)
- 「もう戻れない二人」(49巻所収)
- 「被害者はクドウシンイチ」(70巻所収)
- 映像作品
- 『蜘蛛女の恋』 (『相棒』season2 第5話)
- 『安楽椅子探偵とUFOの夜』(綾辻行人・有栖川有栖)
なんか似てる言葉[編集]
語感が似ているだけで、特に関係のない言葉。
- 剣と魔法のファンタジー
- フィクション作品にまつわる「ふんわりとした総称」という意味では、あながち共通点がなくもない。
脚注[編集]
- ↑ 一例として、朝日文庫『密室ミステリーアンソロジー 密室大全』では、編者・千街晶之による次のような解説がある。「...先にタイトルを挙げた『鍵のかかった部屋 5つの密室』は、(今では時代遅れと見なされている)鍵と糸を使った密室というテーマを敢えて5人の作家に与えた競作集だったが、同じテーマでも作家によって異なる仕上がりとなっている。...」