戸口の彼方へ
『戸口の彼方へ』(とぐちのかなたへ、原題:英: Beyond The Threshold)は、アメリカ合衆国のホラー小説家オーガスト・ダーレスによる短編ホラー小説。クトゥルフ神話の1つで、『ウィアード・テイルズ』1941年9月号に掲載された。
ダーレスのイタカ作品の一つであり、先行作品の続編にあたる。ダーレスの地元であるウィスコンシン州が舞台となっている。イタカが四大霊や禁断の書物に完全に取り込まれており、よりクトゥルフ神話としての体系化が図られている。またラヴクラフトの『インスマスの影』の後日談でもあり、加えてラヴクラフトの死没とアーカムハウスから刊行された単行本『アウトサイダー及びその他の物語』についての言及があり、虚実が入り混じる。
東雅夫は『クトゥルー神話事典』にて、「<イタカ物語>群の一編。作中で妖異をもたらす神性が何かを隠したまま話を進める、いわば犯人捜しならぬ"邪神捜し"の手法は、ダーレスの専売特許である」と解説しており[1]、類例は『サンドウィン館の怪』や『闇に棲みつくもの』などにもみられる。
あらすじ[編集]
ミスカトニック大学で司書をしているトニーの元に、ウィスコンシン州の森に住む従兄フローリンからから手紙が届く。祖父の様子がおかしいという報告に加えて、文面から従兄の不安を読み取ったトニーは、休暇を取ってアルウィン屋敷に赴く。
祖父のジョサイアは書斎にこもって、大叔父リアンダーの遺稿などを研究しており、図書館に勤めているトニーに、インスマスやウェンディゴ、ラヴクラフトなどについて質問してくる。夜間、トニーとフローリンは、誰が奏でているのかわからない奇妙な音楽を聴き、ジョサイアは風の精の何かだろうと解説する。祖父の推測によると、インスマスの船乗りだった大叔父のリアンダーは水の精から風の精へと寝返っており、屋敷内のどこかには風の精と接触するための戸口が隠されているはずだという。
日を追うごとに風の音は強くなり、ある日、天を覆う巨大な影が出現した直後、ジョサイアは密室から姿を消す。無人の部屋の内部は雪に覆われ、今まで絵画で隠されていた壁には地底へ通じる岩穴が覗いていた。トニーとフローリンは、アルウィン屋敷そのものが戸口を隠すために建てられていたことを理解する。洞窟を調べたところ、人間がとても入れる入口などではなく、入口から洞窟を通って屋敷まで来れるのは風くらいのものであった。
行方不明になっていたジョサイアは、7ヶ月後に東南アジアの島で「高所から墜落でもしたような凍死体」で発見され、トニーはイタカの仕業と理解する。
主な登場人物・用語[編集]
- トニー - 語り手。ミスカトニック大学付属図書館の司書。
- フローリン - 従兄。祖父と同居している。40歳ほど。
- ジョサイア・アルウィン - 祖父。かつては世界中を飛び回っていた学者。70歳ほど。
- リアンダー・アルウィン - 先祖(祖父の叔父)。インスマス出身。クトゥルフ信仰を見限り、風の精に接触した。アルウィン邸を建てた人物。
- 「絵」 - アルウィン屋敷の書斎の、床から天井まで達する巨大な絵。絵そのものは平凡な風景画であり、近隣の風景と洞窟が描かれている。実は、屋敷が建てられる前の土地の風景を描いたものであり、絵の背後に実際の洞窟を隠している。
- イタカ - 風の精。途方もない大きさの人型のシルエットに、頭部には赤紫の双眼を備える。足跡には水掻きがあり、雪上を跳ねるように移動する。禁断の文献に記述がある。
収録[編集]
- 『クトゥルー5』青心社、岩村光博訳「戸口の彼方へ」
- 『真ク・リトル・リトル神話大系4』国書刊行会、渋谷比佐子訳「幽遠の彼方に」
- 『新編真ク・リトル・リトル神話大系3』国書刊行会、渋谷比佐子訳「幽遠の彼方に」
関連作品[編集]
- インスマスの影 - ラヴクラフトの作品。テーマは深きものども(クトゥルフ神話大系としては水の精)。本作の前日譚。
- 風に乗りて歩むもの - ダーレスの作品。テーマは風の精・イタカ。本作の前日譚。
- サンドウィン館の怪 - ダーレスの作品。同テーマの、風の精・ロイガー編。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ↑ 学習研究社『クトゥルー神話事典第四版』357-358ページ。