小林貞治

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小林 貞治(こばやし ていじ、1896年6月17日[1] - 没年不詳)は、日本の実業家政治家埼玉県飯能町議会議員、飯能町長、初代飯能市長を務めた。

来歴[編集]

埼玉県入間郡飯能町大字久須美生まれ[1]。1912年、飯能町立飯能高等小学校補習科卒業[1]。材木店での修業、軍隊生活を経て[2]、1920年に小林材木店(後に小林貞治商店)を開業した[1]。1938年、飯能町議会議員に当選[3]。1941年、木材統制法に対応するため「小林貞治商店」を「小林木材工業株式会社」に改称した。統制会社「埼玉県木材株式会社」が設立されると、小林木材工業を県木材株式会社に譲渡。1942年、県木材株式会社が改組した「埼玉県地方木材株式会社」の常務理事・飯能出張所長となった[4]

1946年、木材統制法の解除に伴い「飯能木材株式会社」を設立し、取締役社長に就任した。また同年に設立された埼玉県木材協会会長、西川木材組合(後に西川木材協同組合)組合長に就任し、のち顧問を務めた[5]。飯能木材は製材の他に造植林も行い[6]、1947年、「飯能森林組合」組合長に就任した。同年、飯能町議会議長、埼玉県町村議長会初代会長、関東町村議長会初代会長となった。1948年、紺綬褒章を受章した[7]

1952年、飯能町長に立候補し当選した[7]。町長在任時に元加治の分村反対、町村合併の促進、市制施行、日本セメントの工場誘致を唱え、市制施行は実現したが、元加治は分離が可決されて東金子村に編入され、日本セメントの工場は隣接する日高町(現・日高市)に建設された。1954年、市制施行に伴い初代飯能市長に就任したが、同年の市長選挙の際に引退辞職した[8]。1965年、飯能運輸株式会社を設立し、取締役社長に就任した[9]。1969年、勲五等瑞宝章を受章した[10]

著書[編集]

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 『越えて来た道』pp.207
  2. 『越えて来た道』pp.17-35
  3. 『越えて来た道』pp.208
  4. 『越えて来た道』pp.76-77
  5. 『越えて来た道』pp.93-96
  6. 『越えて来た道』pp.99
  7. 7.0 7.1 『越えて来た道』pp.209
  8. 『越えて来た道』pp.121-125
  9. 『越えて来た道』pp.211
  10. 『越えて来た道』pp.212

参考文献[編集]

  • 小林貞治『越えて来た道――飯能と共に七十五年』(日刊木材新聞社、1971年)