寺垣スピーカー
寺垣スピーカー(てらがきスピーカー)とは、寺垣武が研究開発したスピーカーの名称である。別名「物質波スピーカー」。
概要[編集]
当初の名称は「波動スピーカー」であった。しかし、エムズシステムが同名別構造のスピーカーを先に発表したため名称を変更している。現在もその名称で呼ばれ混同される事がある。実際の製品としては、株式会社Teragaki-Laboから「TERRAスピーカー」(テラスピーカー)として、株式会社TMT Japanから「寺垣ミュージックトランサ」として発売されている。
原理[編集]
コーン紙を利用せず湾曲したバルサ板を振動板(パネル)として音を出す方式を採用しているが、スピーカーの分類としてはタワミ振動スピーカー[1]に該当する。
寺垣スピーカーは放音パネルの振動を抑えることで音の立ち上がりを明瞭にしているが、これは中音、高音に関してであり、低音は通常のスピーカーと同じくピストン運動で音を出している。このパネルからの中高音はタワミ振動で動作するため拡散波の音がほぼ無指向性に出るので、スピーカーの周囲のどの位置でもほぼ同じ音場感を得る事が可能である。
横波の音と“物質波(波動)”[編集]
物質の振動には縦波と横波があるが、音は気体中や液体中を縦波=粗密波として伝わる(空気伝播音)。しかし、固体中では縦波の音波のほかに横波の音波も存在する(固体伝播音)。
寺垣は、布団から時計のゼンマイ音が聞こえた自身の経験をもとに、媒質中の隣り合う分子が音のエネルギーを伝えることにより横波の音が気体中や液体中でも存在するのではないかと考え、これを“波動”・“物質波”と名付けた[2]。
この理論をもとに作ったスピーカーを、慶應義塾大学環境情報学部教授の武藤佳恭が研究し、このスピーカーが不思議な音を出す原因は横波であるという理論を発表した。この理論によると、横波の音は、音として一般的に認識されている縦波の音と比べて以下の性質を持っている[3]。
- 減衰が少なく、同じ出力でもより遠くまで聞こえる。
- 反響がほとんどない。
- 音同士が干渉しにくい。
- 上記のような音のため、難聴の人にも聞き取りやすい。
寺垣は自らの理論である“物質波(波動)”と武藤の発見した「横波」が同じものである可能性があると語っている[3]。また、武藤の解釈との違いとして、音のエネルギーの伝わり方は指向性を持たないと考えていることも挙げている。振動を伝えられた分子が隣り合う分子を振動させることにより、ある方向にまっすぐ伝わるのではなくぐちゃぐちゃと空間上を広がっていくのではないかと解釈しているという[2]。
なお、寺垣はこれを“波動”“物質波”という用語を用いて説明しているが、この命名は失敗だったと自ら語っている。物質の振動が媒質を通して伝播する現象という意味で用いた「波動」という用語はオカルト分野でも流行しているため、スピーカーを紹介するたびに怪しいという指摘が続出したという。さらに、物質を伝わる波動という意味のつもりで用いた「物質波」という語は本来量子力学の用語であり、まったく別の意味になってしまった[4]。
物理学的な解釈[編集]
寺垣式スピーカーは、応力音(英語:strained sound)を発生する。音には通常の音と応力音がある[5]。 通常の音圧は、距離が2倍になると、6dB減衰するが、応力音の減衰は3dB以下になる。特に人間の耳に聞こえないインフラサウンド の場合は、インフラサウンドの音が、地球を何周する場合もある。応力音は、振動板に応力を与えた場合に、発生する。 応力音は、自然界にも存在する。火山爆発で発生する 空振は、100km以上先の窓ガラスを割るエネルギーを持つほど、減衰が極めて小さい。インフラサンドの例が空振である。Scienceに掲載された論文を読むと良く分かるが、その他の応力音の例は、ヘリコプタの発生音、鈴虫などで観察できる。鈴虫では、応力を与えながら羽を擦り合わせて、応力音が発生する。
武藤の応力音の解釈は、発明の極意(近代科学社 2013)に詳しく記述されている。
- 減衰が少なく、同じ出力でもより遠くまで聞こえる。
- 音同士が干渉しにくい。
- 上記のような音のため、難聴の人にも聞き取りやすい。
寺垣武[編集]
開発者の寺垣武はΣシリーズのレコードプレーヤー開発に携わる[6]など、その独自のオーディオ精神は多くの人に影響を与えている。
中学2年(16歳)のとき、爆撃機から投下される爆弾の命中精度を上げる装置を開発。太平洋戦争中(20代はじめ)は兵器の開発に携わり、戦後は日本電気 (NEC)、リコー、オーディオテクニカ、キヤノンなど国内大手製造業の技術顧問を経歴に持つ。1979年からオーディオ機器の開発にのめりこみ、「レコード盤の表面粗さ計測器」と評される精度を追求した「寺垣プレーヤー」を開発。
従来のスピーカーで一般的に利用されるコーン紙を使わず、独自のパネルから音を発する「寺垣スピーカー」の開発を行う。
30年にも及び個人でスピーカーの研究・試作を続けてきたが、寺垣スピーカーを製造販売する会社として、2006年に株式会社TMT Japanの技術顧問に、2008年8月には、株式会社Teragaki-Laboを設立し会長に就任する。
参考文献[編集]
- 『アナログを蘇らせた男』 森谷正規 講談社(1995年4月) ISBN 4061859633
- 『とことん考える癖をつけなさい』寺垣武 角川マガジンズ(2008年3月)ISBN 4827530955
- 『アナログ発想法』寺垣武 ソシム(2011年3月)ISBN 4883377466
脚注[編集]
- ↑ 撓み振動型アクチュエータ組立体及び撓み振動型パネル型スピーカ - ekouhou.net
- ↑ a b コラム1「寺垣スピーカーの発想・原理1」 - 寺垣武 Official Website
- ↑ a b コラム3「武藤教授の研究」 - 寺垣武 Official Website
- ↑ コラム2「物質波?波動?確かにあやしいですね」 - 寺垣武 Official Website
- ↑ [http://science.sciencemag.org/content/356/6337/531/tab-e-letters Y. Takefuji, Science(eLetter, 5 May 2017)
- ↑ 寺垣 武 コムジン対談 - COMZINE by NTTコムウェア