宝塚歌劇団在団中に亡くなった生徒一覧

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宝塚歌劇団在団中に亡くなった生徒一覧(たからづかかげきだんざいだんちゅうになくなったせいといちらん)は、宝塚歌劇団在団中に死亡した生徒(俳優)の一覧である。

一覧[編集]

芸名 最終所属 役柄 期別 入団年 没年 備考 脚注
由良道子 男役 1 1913 1918 1918年8月に死去。16歳没。宝塚歌劇団員最初の物故者。
宇治朝子 娘役 3 1915 1918 1918年11月に死去。18歳没。死因はスペインかぜ
天津乙女 専科 男役 7もしくは8 1918 1980 月組組長(1928年 - 1933年)
歌劇団理事(1948年 - 1980年)
妹は雲野かよ子池邊鶴子
[1][2][3]
槙野のぼる 花組 10 1920 1924 1924年4月に死去。18歳没。
稲葉とし子 花組 10 1920 1925 1925年9月、病気により死去。18歳没。
九重京子 11 1921 1929 1929年10月、病気により死去。
山野みよ子 11 1921 1924 1924年5月に死去。
幾代千歳 雪組 13 1923 1926 1926年8月に死去。
千鳥守 花組 13 1923 1927 1927年10月に死去。
早川和子 15 1925 1928 1928年9月に死去。
花鳥櫻子 花組 17 1927 1928 1928年7月に死去。
春日野八千代 専科 男役 18 1928 2012 雪組組長
歌劇団理事・名誉理事
神代錦 専科 男役 19 1929 1989 戦中一時芸名を嘉美代 錦としていた時期あり
花組・星組組長、歌劇団理事
姉は高砂松子
姪は代々木ゆかり
清美好子 男役 30 1943 1945 事情あり実家へ帰省中東京大空襲に巻き込まれた。
現役生徒唯一の戦災犠牲者
香月弘美 月組 娘役 41 1954 1958 体調不良の日夏友里に休演をすすめ、
その代役として花組公演出演中、舞台装置に巻き込まれ事故死。
歌劇団唯一の"殉職者"
銀あけみ 雪組 娘役 48 1962 1993 雪組組長在任中の1988年公演中にくも膜下出血で倒れ、
長期療養の末舞台復帰叶うことなく死去
麻月鞠緒 専科 男役 48 1962 1994 月組組長、腸の悪性腫瘍で死去
妹は椿友里
清月輝 花組 男役 53 1967 1970 初代池田銀行イメージガール。
娘役ともして抜擢され、甲にしきの相手役も務めたことがある。
1970年中華航空206便墜落事故で死去
世れんか 月組 男役 56 1970 1980 娘役にも当たり役が多かったスター
寿退団決定の矢先骨髄腫瘍に倒れ、退団公演(東京公演)の初日に死去

脚注[編集]

  1. 『私の履歴書』文化人 13、日本経済新聞社、日本経済新聞社、1984年4月、343,354。ISBN 4-532-03083-8
  2. 『私の履歴書』文化人 13、日本経済新聞社、日本経済新聞社、1984年4月、374頁。ISBN 4-532-03083-8
  3. 『私の履歴書』文化人 13、日本経済新聞社、日本経済新聞社、1984年4月、331-332頁。ISBN 4-532-03083-8