劉 寵(りゅう ちょう、生没年不詳)は、中国の後漢末期の政治家。字は祖栄(そえい)[1]。
劉繇の伯父[1]。清廉の人として高く評価され、後漢の地方官を歴任したが赴任先で多くの士人から慕われた[1]。生涯の内に郡太守に2度、九卿の位に8度、三公に4度昇るなど要職を歴任したが、死後に家に資産は無かったという[1]。