利用者:BadEditor

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
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BadEditorです。昔は熱心だったけど、最近は働かない系管理者です。一応スタッフです。

タグ: フリーゲーム / 推理小説 / 雑学 / ネタ系記事

略歴[編集]

  • 2010年11月27日: Enpediaの存在を知り、アカウント作成。(1st_Enpedia時代、利用者ID:124)
  • 2010年12月4日: 管理者に就任。
  • 2011年12月7日: 現wiki (3rd_Enpedia) で活動開始。(グローバル利用者ID:4、3rd利用者ID:8)
  • 2013年3月7日 : 執筆記事100達成。
  • 2013年11月5日 : 上級スタッフに就任。
  • 2015年10月1日 : それまでの「下らない編集しか出来ない」名義から、現在の「BadEditor」名義へ改名。

Enpediaの新しい方向性[編集]

  • /サイトのアイデア - 思いつき書いてます。
    • /記事の例 - 記事に感想を埋め込む実験。
    • もし技術的に可能なら、「本文ページ」「ノートページ」とは別の名前空間(感想ページ)を設けるのもアリかも。
  • なにか感想があれば会話ページまでお気軽に。

↓ぼくが「読みやすい! 分かりやすい!」と感じる解説系サイト↓

この手の優れたサイトを参考に Enpedia を独自の良サイトに発展できないものかと思ふ(思ふだけ)

サイト観[編集]

私の Enpedia に対する考え。雑文。こんなさいとにまじになっちゃってどうするの。

管理者[編集]

 

管理者になるためには、品行方正であり、方針を隅から隅まで熟知しており、多大な功績を残した人物でなければならない ・・・・などと、私は一切思わない

そんなハードル上げをしたら、誰も管理者になりたがらず、なった人もすぐに辞めていき、サイトの雰囲気がギスギスしていくのが関の山だろう。余所のサイトで既にそんな例は山ほどある。

管理者なんて大した権限じゃないし、ある程度の常識あるユーザー、荒らしをすると思えないユーザーなら、全員どんどん権限を持ってしまえばいいと思う。管理者が一杯いれば、誰かが誤ってページを削除しても、他の人がすぐに復帰できる。普通の編集と同じぐらいの気軽さとフットワークで、みんなが権限をつかってしまえばいいのではないか。一部のユーザーしか権限を持っていないからこそ、その重みが高まり、心理的プレッシャーになる。他のサイトではそのプレッシャーに耐えられる人だけが管理者に立候補するわけだが、逆転の発想で、管理者だらけにしてプレッシャーなんて無くしてしまえばいい。(流石に「投稿ブロック」だけは、掛けたり外したり気軽にやられると、やられた側が溜まったものではないと思うが。。)

「いちいち{{即時削除}}を貼って管理者を待つのもめんどくさいな。自分で削除できたら便利だな。」と思ったことがある人はドンドン立候補したらいいと思う。今のEnpediaにも管理者になればいいのにと思う人は何人かいる。ただし、私から直接に水を向けることは絶対しない。何故なら「すでに管理者である人に声をかけられるまで待つのが奥ゆかしい姿勢であり、自分から立候補していくのは悪目立ちで気恥ずかしい」などという、クソ忌々しい日本人気質な雰囲気を万が一にも作りたくないからだ。みんな気軽に立候補すればいいと思うが、あくまで自分で立候補してほしいと思う。よっぽどの 荒らしユーザー or 脳足りんユーザー でない限りは、私は反対票を投じたりしない。少しドジをする程度であれば、管理者になって構わないと思う。他のサイトと「管理者」の基準を同じに考える必要はないだろう。("管理者"という名称がすでにエラソーなので、"利用者+"とかに改名するのはどうか。)

アクティブユーザーの半数以上が管理者であるサイトになったら面白いんじゃね、と夢想している。今が過疎ペディアだからこんなことを言うのではなく、今後もっと規模が大きくなっても同じことを僕は思う。

新規利用者への対応について[編集]

 

Enpedia というサイトの方向性を考えてみて時折 思うのが、編集に不慣れな新規利用者に対し、当然のように「●●してください」と命令とも取れるコメントをするのはいかがなものか、ということだ。「●●してくださると、もっとよい記事になると思うので、ご協力いただけると有りがたいです」ぐらい丁寧にいくべきではなかろうか。

「荒らしをやめてください」だったら命令口調になるのも分かるが、もっと細かな記事スタイルの調整(Wikiサイトに不慣れな人だったら知らなくても当然のような、細かな編集の暗黙のきまり)については、まずは優しく下手に出て指導してあげるという気持ちが必要だと思う。そして、自分が、下手に出た優しい口調での指導をするのに向いていない性格の持ち主だと思うなら、もはや何も言わないほうがマシなぐらいだろう。あなたが、必ずコメントしなければいけない義務なんて無い。所詮 Enpedia は趣味だ。仕事ではない。そこを勘違いしてはならない。

デフォルトソートだのカテゴリーだの改行だのなんて、知らなくて当たり前ではないか。自分のように知っているのが当然だと思うのは傲慢だ。世のみんながWikiサイトに慣れているわけではないし、そういう慣れていない人でも入っていきやすい環境を作ってこその Enpedia だと僕は思うのだが。

第一、揚げ足をとるなら、Enpedia で記事を書くときに、絶対に冒頭を「太字(ふとじ)とは、~~である。」という形で記述しなければいけない、というルールやコンセンサスなど存在していない。他のマークアップについてもそうだ。何となく皆が Wikipedia をまねて「とりあえず、今はそう書いてる」というだけに過ぎない。むしろ、この暗黙の書き方をしらない人が書いた記事こそが、Enpedia に新たな風を吹き込んで、斬新なあたらしい記事の書き方をもたらしてくれるかも知れない。

17000 記事突破とはいえ、所詮まだまだ発展途上の Enpedia だ。今はまだ、色々な方向性を模索しながら、新しい可能性を取り入れていく時期だろう。1つの型に当てはめて統一的に書かせることにどれだけの意味があるのだろう。

新規利用者に対応する人は、これらのことを再考してほしいと、ぼくは思う。

個人的メモ[編集]