丘の夜鷹
『丘の夜鷹』(おかのよたか、原題:英: The Whippoorwills in The Hills)は、アメリカ合衆国のホラー小説家オーガスト・ダーレスによる短編ホラー小説。クトゥルフ神話の1つで、『ウィアード・テイルズ』1948年9月号に掲載された。
ラヴクラフトの『ダニッチの怪』と関連が深い作品であり、夜鷹ウィップァーウィルヨタカや共同電話という要素が引き続き用いられている。作中時は1928年4月、舞台はアイルズベリイであり、9月のダニッチ村透明怪物事件の前日譚に当たる。
一方で、はっきりと「ダーレス神話」になっている。ラヴクラフト版ヨグ=ソトースが、ダーレス版旧支配者へと位置づけが変わっており、旧神によって追放されたために地上に帰還を目論んでいるということになっている。ダーレスは1945年に『暗黒の儀式』を書いており、そちらでもヨグ=ソトースを扱っている。またイースの大いなる種族への言及もあり、彼らも旧神に刃向かって敗れたとされ、後年の『異次元の影』にてさらに掘り下げが行われる。
語り手のダンがやって来る前の、エイバルの頃の出来事については、ほとんど説明されずにほのめかされるのみであり、不明点が多い。ダニッチのウェイトリー家がエイバルに関与していたように暗示されている。
東雅夫は『クトゥルー神話事典』にて、「<ヨグ=ソトース物語>群の一編。主人公が、この世ならぬものに魂を奪われてゆく過程を、不気味な夜鷹の群れに象徴させて効果的に描いている。『ダニッチの怪』との関連が暗示されている点にも注目したい」と解説している[1]。
あらすじ[編集]
ダニッチ近郊、アイルズベリイの谷の村で、危険な書物を所持していたエイバル・ハロップに、エイモス・ウェイトリイは警告して破棄を促すが、エイバルは応じない。詳細不明ながらエイバルのせいで何人もの人間が死に、やがて1928年4月にエイバルも失踪する。保安官は捜査するが解決には至らず、事情を察する隣人たちは何も答えなかった。
4月の末、無人となっていたエイバルの家に、従兄のダンが移り住む。新しい住人のことは、共同電話で隣人たちにすぐさま知れ渡る。さらに夜鷹が夜の間じゅう鳴き続けるという異様な事態が発生し、隣人たちの間ではダンが来たためと不吉な噂になる。ダンは従弟の蔵書中に多くの禁断の文献を見つけ、また隣人たちに話を聞こうとするが避けられる。エイモス・ウェイトリイは「エイバルは外のやつらを呼んで、そいつらに連れていかれた」と説明し、本を焼き捨てるよう忠告する。ダンはエイモスの言うことを理解できず、迷信と断じて逆に本を読み始め、ヨグ=ソトースの召喚方法を意味のわからないままに声に出して読み上げる。この時点で、ダンは自覚なく憑依される。
ダンはセス・ウェイトリイに会いに行くが、セスもまたエイモスと同じようなことを言う。ダンは従弟と同じように嫌悪の目で見られていることを体感する。またダンは、二階の物置小屋で、椅子の上に「まるで人間が吸い出されたように」置かれた服を見つけ、エイバルに何かが起きたことを察し始める。
あまりにも夜鷹がうるさいことから、ダンは棍棒を持って外に出て、夜鷹を殺して回る。その翌朝、夜の間にジャイルズ家の次男と牛四頭が惨殺されていたことが判明する。保安官は、血がほとんど残っていない被害者を、野生の獣の犠牲者と判断するが、住人たちは信じず、何人かは谷の外へ避難を始める。
その夜、就寝するダンの家が、エイモスによって放火されかけ、ダンはエイモスを問い詰める。だがエイモスは、逆にダンが本を読んだことを指摘するのみで、ダンが自覚なく憑依されていることと、外のやつらは血を食べて成長し魂を食べて知性を得ることを付け加える。ダンはエイモスが迷信に囚われており救いようがないと判断する。次の夜も夜鷹が鳴き、ダンは夢で異界を見て、現実ではさらに牛が殺される。
最終的に、アメリア・ハッチンスの惨殺現場でダン・ハロップが逮捕される。ダンは意味不明の主張をするのみであり、獄中で記した供述書には、自分は無罪であり夜鷹たちの仕業であるとの言が喚き散らされていた。
主な登場人物[編集]
主要人物[編集]
- ダン・ハロップ - 語り手。失踪したエイバルの家に移り住み、近隣住民に話を聞く。本を読んだことで、自覚ないまま動き回り事態を悪化させる、信頼できない語り手。
- エイバル・ハロップ - 従弟。一族とは疎遠で、アイルズベリイの隣人達にも忌み嫌われていた。1928年の4月に失踪する。
- エイモス・ウェイトリイ - 大柄な男。ダニッチのウェイトリイ老の孫であり、情報を持っているが、生兵法は危険だとも理解してるため出しゃばらない。
- セス・ウェイトリイ - エイモスの兄。弟とは仲が悪い。
- 保安官 - エイバル失踪を解決できなかったため経歴に傷がついた。牛殺しでエイモスを疑っている。
谷間の住人[編集]
8家族が、一本の共同電話ラインで結ばれている。幾つかの家は牛を飼っている。本編以前に何人か死んでおり、物証はないがエイバルが疑われている。
- ジャイルズ家:夫妻、息子2人、娘
- コーリイ家:独身兄弟と使用人
- ウェイトリイ家:セス、妻エンマ、子供3人
- ハフ家:ラバン、子供2人、妹ラヴィニア
- オズボーン家:夫妻、使用人夫妻
- ホイーラー家:夫妻、息子2人
- ハッチンス家:未婚の三姉妹、女使用人ジェシー、男使用人エイモス・ウェイトリイ
- ハロップ家:エイバル(失踪)→ダン
異界の存在[編集]
- 「外のやつら」
- 文献では「旧支配者」、ダンの夢主観では「古のもの」と呼ばれる。かつて地上を支配していたが、追放されて外世界の石造都市にいる。門を通って地上へとやって来る。地上では、血と魂を食べることで、力を得る。追放された旧支配者たちに仕える人間がいる。不完全な文献[注 1]のためヨグ=ソトースを召喚することはできなかったが、下級のものが召喚されてエイバルやダンを操って侵略のために暗躍しているというのが、本作の構造である。
- 大いなるヨグ=ソトース
- 古のものの一体。輝く球体の集積物の形をとる。異名は「戸口を護るもの」「門を護るもの」であり、あらゆる時間と空間に門として接している。『ダニッチの怪』の登場人物であるウィルバー・ウェイトリイは、これの落とし子である。
収録[編集]
関連作品[編集]
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ↑ 学習研究社『クトゥルー神話事典第四版』362-363ページ。