スマイル (バンド)

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スマイル (Smile) は、後にクイーンのメンバーとなるブライアン・メイロジャー・テイラー、そしてその友人のティム・スタッフェルによって1968年に結成されたロックバンド。実質上クイーンの前身となったバンドである。

経歴[編集]

  • ブライアン・メイ - ギター、バックヴォーカル
  • ティム・スタッフェル - ヴォーカル、ベース
  • ロジャー・テイラー - ドラムス、バックヴォーカル

インペリアル・カレッジに進学したブライアンと、イーリング・カレッジの芸術学科に進学したティムは友人同士だったが、かのジミ・ヘンドリックスの演奏に刺激を受けたブライアンがバンドを組むことを計画。ドラマーが必要となり、「ミッチ・ミッチェルやジンジャー・ベイカーのようなドラマー求む」と募集の掲示をしたところロジャーの友人が彼に参加を勧め、加入することとなった。3人でギグを重ねるうちに、米国マーキュリー・レコードのルー・ライズナーというプロデューサー(ロッド・スチュワートを発掘した経歴を持っている)に出合い、米国限定でシングル「Earth(作:ティム・スタッフェル)/Step On Me(作:ブライアン・メイ)」をリリースしたが、全くプロモーションも行われず、当然売れずに終わった。結局セカンド・シングルもお蔵入りとなってしまう。

その後もキーボード奏者が加入や脱退をしながらロイヤル・アルバート・ホール(レッド・ツェッペリンのライヴで有名)や、マーキー・クラブ(レッド・ツェッペリンやキング・クリムゾン、イエスやジェフ・ベックなども同時期にここで活動)などのクラブでギグを重ねるも、1970年5月9日のインペリアル・カレッジが最後のギグとなり、同年の夏にはティムがハンピー・ボング(Humpy Bong)というバンドに加入するため脱退。事実上の解散となった。この後、彼等のセッションによく顔を突っ込んでいたティムのルームメイト、フレディ・マーキュリーが加入することによってクイーンが結成されていく。

音楽性[編集]

ドラマー募集の広告が示す通り、バンドの編成などに当時人気だったクリームやジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスなどのブルース・ロックバンドに影響を受けたのが伺える。しかしステージでは1966年に英国でヒットした「If I Were Carpenter」や、同じく1968年に英国でヒットした「Mony Mony」などのロック・ポップス色の強い曲を演奏し、10曲に満たないとは言え、彼らのオリジナル曲もポップス色が強い。彼等のステージではブライアンのギター・プレイやロジャーのドラミングがフィーチャーされ、花型たるティムの影が薄くなっていったのがバンド内の不和に繋がっていった。

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マーキュリーレコードとの契約のため、1969年6月にトライデント・スタジオでレコーディングされた3曲。

  • Earth (Staffell) - ファーストシングルのA面曲。

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  • Doin' Alright (Staffell/May) - 後にアレンジを変えてクイーンのファーストアルバム「戦慄の王女」に収録され、ティムの名前もクレジットされた

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  • Step On Me (May) - ファーストシングルのB面曲

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デ・レーン・リー・スタジオで録音された曲

  • April Lady - マーキュリーレコードがバンドに提供した曲。
  • Polar Bear (May)
  • Silver Salmon (Staffell) - Polar Bearと共に、クイーンがこの二曲を同スタジオでレコーディングしているが、未発表。(クイーンヴァージョンのデモ
  • Blag (May) - この曲のギターソロがクイーンのサードアルバム収録の「Brighton Rock」(1974)へ発展したと言われている。

ディスコグラフィー[編集]

シングル一枚だけで解散したため、現在入手なのは以下の二枚となる。

  • ゲッティン・スマイル(Gettin' Smile) - 1982年9月23日に日本限定でリリースされたLP(未CD化)、4曲収録。
  • Ghost of a Smile - 1997年にオランダから発売されたCDで、ティム本人が新たに書いた正確なライナーノーツや、リマスターが施されており、決定版と呼べる内容。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]