キリスティック

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キリスティック とは、「キリスト的な」という意味で、肉体的、精神的欲求を超越した、人類全体に対する愛や、全体性を生きる(=全ての人の中に神をみる)ことなど、日常生活を神の子として生きることを意味している。

概要[編集]

この生き方においては聖霊(holyspirit)と共に、「先に与える」ことや「赦し(forgive)」などの行為が常に行われている。また与えることと受け取ることは同時に起こっている為、与えたことによる結果を期待したりすることはなく、相手に対して何かを要求したり犠牲を求めることも一切ない。相手のことを肉体、エゴ(自我)として見るのではなく、常に相手の中にキリスト(純粋な霊-スピリット-)を見ることが必須条件とされている。キリスト教などが用いる聖書では罪と罰などの概念があることに対し、キリスティックな見方では、「全ての人は無辜(罪がない)である」ことを説いている。また、このように生きている人たち同士の関係性を”キリスティックな関係”と呼ぶこともある。その為、キリスティックな関係においては肉体関係や婚姻関係の有無など思考や行動の結果については問題としておらず、日常生活における全ての行動や思考の原因がであるかどうかが問題とされている。キリスティックな生き方、見方が習慣になることで、私たちは分離した個々別々の魂ではないことが示され、たった一人の神の子であるとの認識や真実の愛の体験へと導かれていく。これは個別性から全体性へ移行するプロセスのひとつでもある。このような世界観や教えについての詳しい記述は「奇跡講座(奇跡のコース)」や「神の使者(The Disappearance of the Universe)」などに描かれている。

起源[編集]

キリスティックとは「キリスト的な」という意味で、聖書に登場する救世主イエス・キリストの名が冠されているが、キリスト自身が説いた訳ではない。2020年に、ぴぱぴぱちゃんねるというインターネットラジオ番組で「プラトニック」についての考察がされた際に、新語として提唱されたことが起源とされている。その為、聖書やキリスト教などの宗教とは一切関連性がない。聖書などに描かれているイエス像ではなく、ACIMに登場するJ(イエス)の教えが最も近いとされる。「愛には不平不満が一切ない」「愛の反対は恐怖だが、全てを包み込むものに対極はない」など徹底した純粋な非二元論の教えに忠実である。

関連文献情報[編集]

  • 奇跡講座」(A Course In Miracles)
  • 「神の使者」(The Disappearance of the Universe) ゲイリー・R・レナード 著 /吉田 利子 訳 / 河出書房新社
  • 「イエスとブッダが共に生きた生涯」 ゲイリー・R・レナード 著 /ティケリー裕子 訳 /ナチュラルスピリット社
  • 「不死というあなたの現実」ゲイリー・R・レナード 著 /吉田 利子 訳 / 河出書房新社

関連項目[編集]