閼伽井嶽薬師

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閼伽井嶽薬師(あかいだけやくし)とは、福島県いわき市にある真言宗寺院であり、その名の通り薬師如来本尊としている。真言宗智山派に属し、正式名は水晶山玉藏院常福寺である。

概要[編集]

いわき市平地区の最西端に位置する閼伽井嶽[注 1]にある真言宗の寺であり、その起源は806年大同元年)といわれている。かつては剣が嶺[注 2]に安置されていたものの、その後現在地に移動したとされている。

いわき市平地区のほぼ西端に位置しており、唯一のアクセス路となっている福島県道133号赤井停車場線は一部の幅員が狭くなっているほか、ヘアピンカーブも多く見通しも悪い。そのため、二年参りなどでアクセス者が増える年末年始(1月31日から1月2日まで)には平方面から三和方面への一方通行となる。普段は交通量の少ない道であるが、この時期だけは市内から多数の参拝者が訪れるため、渋滞も発生する。

なお、県道沿いに待人堂と呼ばれる場所があり、展望台と延命地蔵尊がある。ここから県道を登ったところに旧参道との分岐点があり、ちょっとした登山道のようになっている。旧参道からは荒澤滝と呼ばれるに分岐する道もあり、この滝で水行が行われていたともいわれている。

現在に至るまで火事で本堂などを焼失しており、現在の本堂は1942年(昭和17年)に落成したものである。1937年(昭和12年)6月1日に平市役所が発行した「平市の輪廓」にも「去歳失火に本堂を失ふ」[1]と記されている。

縁起[編集]

公式サイトの記述によれば、天平6年の東北は大地震の発生と疫病の流行により死者が続出しており、その惨状を聞いた大和国の源観上人が薬師如来を護持してきたものとされている。源観上人は剣が嶺に草堂を開き、祈願を続けた結果疫病が収束。祈願の結果に満足し、大和国に帰ろうと薬師如来像を納めようとしたがその像は大盤石のように重く動かなくなっていた。これに驚いた源観上人はこの地がこの薬師如来像に縁がある霊地と考え、止住して修法と写経に勤しんだという。この時に写経した数百巻の薬師本願経が現在の本堂の裏に経塚として埋納されているという。

その後、806年(大同元年)に徳一大士が訪れるも剣が嶺へ至る道は険しく、また堂宇も雪や雨により荒れてしまっていた。そのため、現在地に新たな本堂を建造し、現在に至っているという。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. 赤井岳とも書かれることがあり、市内の案内標識などにみられる
  2. 現在、四等三角点がある釼ヶ峰(通称:剣が峰)と思われ、現在地から北に2.6km程度のところに位置している

出典[編集]