近藤啓太郎(こんどう けいたろう、1920年3月25日-2002年2月1日)は、作家、美術評論家。「第三の新人」の一人。
三重県四日市市生まれ。東京美術学校(現・東京芸術大学)日本画科卒。漁業、中学校教師を経験、在職中より創作を始め、1950年「飛魚」で芥川賞候補となる。51,52年にも候補になり、56年「海人舟」で芥川賞を受賞。1974年、妻の死を描いた『微笑』が話題になる。1978年「魔の翳り」を日本経済新聞に連載、1982年「爛熟時代」を東京新聞に連載。87年『奥村土牛』で読売文学賞を受賞。
遠藤周作、吉行淳之介、安岡章太郎、庄野潤三らととともに「第三の新人」とされた。