赤星亮衛

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赤星 亮衛(あかぼし りょうえ、1925年11月22日 - 1992年2月20日)は、日本の洋画家、絵本作家。本名は亮一(りょういち)[1]

人物[編集]

  • 熊本県玉名郡高瀬町(現・玉名市高瀬)生まれ。海老原喜之助に師事。油絵、絵本、挿絵を描いた。1965年に刊行された『ふしぎなランプ』(あかね書房)で初めて挿絵を担当し[2]、同書を含む『国際児童文学賞全集(全12巻)』(山内義雄ほか責任編集)が1966年第13回サンケイ児童出版文化賞を受賞した[3]。1972年第27回行動美術展で行動美術協会奨励賞を受賞。1985年第40回行動美術展で柏原記念賞を受賞。1989年行動美術協会会員[2]
  • トーベ・ヤンソン作、矢崎源九郎訳『ムーミン谷は大さわぎ』(偕成社[世界の子どもの本]、1965年、『ムーミン谷の夏まつり』の日本語訳)の挿絵を描いた。同年に刊行された山室静訳『たのしいムーミン一家』(講談社)が日本で最初に原作者ヤンソンの挿絵を使用した[4]
  • 皇太子妃美智子(当時)が作詞、山本正美が作曲した「ねむの木の子もり歌」の楽譜の表紙絵を描いた[5]
  • 石堂清倫が文を担当した絵本作品に『かめの こうらには なぜ ひびが あるの――ブラジルのはなし』(コーキ出版[絵本ファンタジア]、1977年)がある。
  • 赤星ゆかりの玉名市にある「玉名市立歴史博物館こころピア」は、赤星の絵本、原画、絵画、版画、スケッチブックなど遺族から寄贈・寄託された膨大な遺品を所蔵している[6]

主な作品[編集]

絵本、童話など約500冊の本に挿絵を描いた[2]

絵本[編集]

  • 『三びきのおばけ』(岩崎書店[ファンタジーえほん]、1972年)
  • 『ぷっぷみみずく』(岩崎書店[母と子の絵本]、1974年)
  • 『さっきはごめんね』(岩崎書店[母と子の絵本]、1975年)
  • 『おっととおへそ』(岩崎書店[母と子の絵本]、1977年)
  • 『もぐらとわくど』(中田幸作・赤星亮衛作、赤星亮衛絵、フレーベル館、1985年)

童話・挿絵[編集]

  • 『ふしぎなランプ』(マックス・フェーゲリ原作、山口四郎訳、あかね書房[国際児童文学賞全集]、1965年)
  • 『みどりの電車はとんだ』(アリス館牧新社、1976年)
  • 『ねむの木の子もり歌』(楽譜、皇太子妃美智子殿下作詞、山本正美作曲、日本放送出版協会、1976年)
  • 『北極海の奇怪島』(ボスコボイニコフ作、田辺佐保子訳、旺文社[旺文社創作児童文学]、1983年)
  • 『もしもの町のおとなっ子』(くまた泉作、旺文社[旺文社創作児童文学]、1986年)

脚注[編集]