谷田絹子
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谷田 絹子(たにだ きぬこ、女性、現姓:井戸川、昭和14年(1939年)9月19日 - 令和2年(2020年)12月4日)は、日本の元バレーボール選手。1964年東京オリンピックバレーボール女子金メダリスト。東洋の魔女 (Oriental Witches) の主力メンバー。旧姓の井戸川 絹子(いどがわ きぬこ)の姓名のほうが有名である。
来歴[編集]
大阪府出身。四天王寺高校時代に、中野尚子、藤森節子とともに高校生三羽烏と呼ばれた名選手。既婚者で長男あり。
大阪の四天王寺高校、日紡貝塚でプレーし、当時としては長身となる168センチの体格を生かして活躍した。五輪においては大松博文監督の厳しい指導を受けて、「東洋の魔女」と呼ばれた女子日本代表チームにおいてエースアタッカーを務めた。
2020年12月4日午前11時14分、脳出血のため、大阪府内の病院で死去した。81歳没。葬儀は家族葬で行われた。
球歴[編集]
- 所属チーム履歴