謎の浅浮彫り
『謎の浅浮彫り』(なぞのあさうきぼり、原題:英: Something in Wood)は、アメリカ合衆国のホラー小説家オーガスト・ダーレスによる短編ホラー小説。クトゥルフ神話の1つ。
『ウィアードテールズ』1948年3月号に掲載された。東雅夫によると「木彫りのクトゥルー像の怪異を描いた呪物ホラー」[1]。
あらすじ[編集]
ピンクニイ(わたし)は休暇で訪れた地の骨董屋で、不気味な怪物が彫刻された木製の浅浮彫りを購入し、友人である批評家のジェイスン・ウェクターに贈呈する。ウェクターはこの珍品を大いに気に入り、スミスの石の彫刻に驚くほど似ていると喜ぶ。だがピンクニイは、自らの奇怪な小説や詩をもとに作られたスミスの彫刻と、遥か昔に遠く離れた場所にいた人物の作った浅浮彫りが酷似していることに、不可解な嫌悪を感じる。
以降、ウェクターの批評のスタイルは一変する。かつて高く評価した人物の作品を酷評し、露骨に嫌っていた人物の音楽を絶賛する。だがそれらの批評は、誰も聞いたことがない芸術家や文化を引き合いに出したり、「旧支配者の音楽」をはじめとする謎の単語を出すなど、わけのわからない論評となっていた。ピンクニイは、中部ヨーロッパの彫刻家の作品に対して、自分好みの原始彫刻を基準にするなど、ウェクターの判断力が狂っているようだと考える。あまりの彼らしくなさは、友人たちを心配させるものであった。
ピンクニイがウェクターの家に駆け付けたとき、彼はかなりの分量の抗議の手紙に埋もれていた。ウェクターは異様な夢を見るようになったと語り、旧支配者の伝説について話し始める。そして浅浮彫りを取り出して、「触手が長くなったり、形が変わったように見えないか」と問いかけてくる。ウェクターは2つの批評を無意識に書いてたらしく、記憶がないが確かに自分が書いたとも述べる。また、浅浮彫りが巨大化して自分が蟻のような存在であるかのような幻覚に囚われたとも言い出す。
ピンクニイはウェクターが疲れているのだと思いつつも、彼の批評眼については認めざるを得なかった。かつての毒舌や苦言は健在で、ただ以前とは劇的に異なる立場から美術や音楽を捕らえていた。ウェクターに対する悪評はひどくなる一方で、やがて彼が社交界に顔を出すことはなくなり、その姿を見かけられるのは演奏会のみとなった。しかし例外的に、ハーバード大学のワイドナー図書館やミスカトニック大学の付属図書館でも目撃されたという。
8月12日の夜、ウェクターは半ば錯乱した状態でピンクニイのアパートに突然飛び込み、1928年のインスマス事件やアーカムのシュリュズベリイ博士の失踪、マサチューセッツをはじめ世界中に秘密の崇拝所が存在することなど、夢なのか現実なのか判別のつかないことをまくし立てる。続いて「わたしの身に何かあれば、あの浅浮彫りを、重りをつけてインスマス沖に沈めてくれ」と言い出す。曰く、異界の触手が実体化して彼を捕らえ始め、寝ても覚めてもフルートの幻聴が聞こえてくるのだという。友人が発狂したことを確信したピンクニイは浅浮彫りの破壊を提言するものの、ウェクターは恐怖しつつも魅せられていると言い、そのまま去る。
その後、ウェクターは謎の失踪を遂げ、毒舌に落胆した画家に殺されたとか、何らかの事情で身を隠したとか、さまざまに噂された。彼の残した書置きには、浅浮彫りの所有者がピンクニイであると明記されていた。ピンクニイは彼の指示を実行すべく、ボートでインスマスの沖へと出る。ふと遠く海面下から自分の名前を呼んでいるような声が聞こえ、一瞬のためらいの後、手にした浅浮彫りに目をやる。そこには、小さくされたウェクターが触手の一本に捕まれていた。重りをつけた浅浮彫りは、ウィクターの声であえぎと苦悶の叫びを発しながら、暗い海の底へと没していった。
主な登場人物[編集]
- ピンクニイ - 語り手。奇妙な浅浮彫りを手に入れ、ウェクターに贈る。
- ジェイスン・ウェクター - 音楽と美術の批評家。原始美術のコレクター。ボストン在住。浅浮彫りから影響を受け、憑かれたような批評を行うようになる。
- クラーク・アシュトン・スミス - 石の彫刻家。ウェクター好みの作品を作る。
- オスカル・ボグドガ - 中部ヨーロッパの彫刻家。以前はウェクターに賞賛されたが、今度は打って変わって的外れな批評を受ける。
- フラデリツキイ - 指揮者。派手で身勝手と酷評される。
- 「浅浮彫り」 - 水中にある巨石建造物から八腕目の生物が出現する様子を彫刻したもの。材質は黒い何らかの木材。骨董店主によると、数週間前に浜に打ち上げられたところを持ち込まれたという。値段はわずか4ドル。
- 「クトゥルー」 - かつて地球を支配していた旧支配者の一員。
- 無定形の矮人 - クトゥルーの従者。異様な笛を吹いて、人間の知らない音楽をかなでる。
収録[編集]
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ↑ 学研『クトゥルー神話事典 第四版』454ページ。