炎の侍祭
『炎の侍祭』(ほのおのじさい、原題:英: The Acolyte if the Flame)は、アメリカ合衆国のホラー小説家リン・カーターによる短編ホラー小説。クトゥルフ神話の1つで、『Crypt of Cthulhu』36号(1985年ユール号)に掲載された。カーターが「ナコト写本」を翻訳したものという体裁をとっている。かなり前に書き上げられていたが、1985年の発表時には書き直されている。後に、実書籍『エイボンの書』に補遺として収録された。
作品解説[編集]
ナコトとイース[編集]
本短編は、ハイパーボリアの話なのだが、「エイボンの書」ではなく「ナコト写本」という、特異な一編である。
カーターは『陳列室の恐怖』と本作にて、ナコト写本の原著者をイースの大いなる種族とし、彼らが去った後に人類(ナコトの同胞教団)が編纂して写本化したという、新たな設定を打ち出した。ナコト写本を創造したラヴクラフトは「偉大なる種族の時代はナコト写本の時代まで遡る」としか記しておらず[注 1]、大幅に変わっている。しかもこの記述は、カーター本人にとっては創作ではなく既存情報の要約だったのではないかという指摘が、実書籍『エイボンの書』にて述べられており、さらに「解釈としては誤りだとしても、新しいものを生み出した」と肯定的に見られている[1]。
またラヴクラフトは合作リレー短編『彼方よりの挑戦』に、「エルトダウン・シャーズ」という文献を偉大なる種族と絡めて登場させており、文献創造者であるリチャード・シーライトに宛てた手紙では、エルトダウン・シャーズとナコト写本の内容が似ているという設定を付け加えている[2]。さらに続きがあり、ラヴクラフト版シャーズを、カーターは『陳列室の恐怖』で「サセックス稿本」と別の文献名で呼んでいる。
冷気の神[編集]
さらに、旧支配者アフーム=ザーを掘り下げた作品でもある。この神は、カーターが四大霊の「炎」として創造した存在である。初出である『陳列室の恐怖』では設定言及のみ、『極地からの光』では背景フレーバー的な存在であったが、本作では実際に登場し猛威を振るう。本作により、スミスのハイパーボリアを滅亡させたのが、邪神アフーム=ザーということになった。
あらすじ[編集]
ハイパーボリアが氷河に襲われることが多くの予言者や賢者たちによって予言され、人々は食い止める方法を探すも、あらゆる手段が失敗に終わる。ついに氷河は大陸の北に到達し、ゆっくりと前進してくる。
首都ウズルダオルムに住む少年アスロックには、出生のときから胸に特異な傷があった。アスロックは「ナコトの同胞教団」に入団し、不吉な傷のために教団内の高い地位につけることを許されなかったものの、やがて学究を認められて教団の文書管理人になる。アスロックはあるとき、「ナコト写本」の前半部分に、奇妙な文章を見つける。原著者がヴーアミ族の記録から得た知識だというそれには、いかにして「冷たき」アフーム・ザーが地球へ到来して旧き神に封印されたたかというあらましが書かれており、さらに「胸に灰色のような微をもつ救世主が現れる」と予言がされていた。
アスロックは、その者とは正に自分のことではないかと思い始め、さらにヴーアミ祈祷師とハイパーボリア賢者による2つの予言のどちらが正しいのかという二択に揺れ動く。アスロックはビヤーキーを召喚し、アフーム=ザーが封印されているという北極ボレアのヤーラク山に向かう。地下洞窟を降りた先にあった、星石で施されていた封印を、アスロックは破壊する。
解放された冷気が、噴出して漏れ出す。我に返ったアスロックが町へ戻ると、凍り付いた死者の都市へと化していた。生き残った者たちは、南の土地へと逃れる。教団はアスロックを罰しなかったが、代わりに事の顛末全てを正確に記録するよう命じ、アスロックは後悔と罪悪感に苛まれながらこの出来事を「ナコト写本」の最後のページに付け加える。アスロックは筆をおく直前、緑の谷へと氷河が押し寄せるのを目撃する。
ハイパーボリアを救おうとしたアスロックは、うぬぼれから、アフーム・ザーの救世主となり、ハイパーボリア滅亡の原因となった。旧き神が戻ってきてアフーム・ザーを再び封印したのは、ずっと後になってからのことである。かくしてナコト写本に付け加えられた記録が、20世紀になりリン・カーターによって翻訳される。
主な登場人物・用語[編集]
- アスロック - 語り手。「ナコトの同胞教団」の修道士・文書管理人。胸に傷がある。
- アフィロス - 遠い過去の、教団の長老。ハイパーボリアを氷河が襲うと予言した。
- 古代ヴーアミの予言者 - 胸に「灰色の炎のような」徴をもつ人物が救世主となると予言した。この予言が後世に「ナコト写本」へと引用され伝わる。
- アフーム・ザー - 冷気の炎の体現神。フォーマルハウトに封印されたクトゥグアが産み落とした、新たなオールド・ワン。旧神がクトゥグアに施した束縛を、アフーム=ザーはすりぬけて、地球に来た。旧神によってボレアの極致に封印されたが、漏れ出た冷気がハイパーボリアを侵食する。
収録[編集]
- 新紀元社『エイボンの書 クトゥルフ神話カルトブック』
関連項目[編集]
- 氷の魔物 - スミスの作品。ハイパーボリア末期を舞台に、氷河の脅威を描いている。