梁 蘭璧 (りょう らんへき、生没年不詳)は、西晋の懐帝の皇后。夫である懐帝が284年生まれであることから、それ以後の誕生であると推測される。つまり、311年の永嘉の乱の際には、20代前半だった。
祖父の梁鴻季は儀同三司だった。父の梁芬も司徒であったように、名家の令嬢として生まれた。
永嘉の乱が起き、首都で異民族が略奪を行うと、梁蘭璧は捕虜となった。そして彼女は、雑兵たちに凌辱された [1]。このとき、先帝の皇后だった羊献容や皇女たちも輪姦されていた。その後、性奴隷として異民族に連れ去られ、行方不明となった[2]。
- ↑ 正史『晋書』「曜等遂焚燒宮廟、逼辱妃后」
- ↑ 臧栄緒『晋書』「永嘉中、没胡族」
関連項目[編集]