東武3070系電車

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東武3070系電車(とうぶ3070けいでんしゃ)は、かつて東武鉄道が保有していた吊り掛け駆動方式の車体更新車の1形式。

概要[編集]

1974年から75年にかけて53系と呼ばれるグループを車体更新して登場。車体構造は同時期に製造されていた8000系の全鋼製車体をベースとし、18m級の3ドア車体に仕立てたものであり、3000系3050系のものに準ずる。

機器類はTDK-528系主電動機、および制御装置に国鉄制式CS5+CS9あるいは東洋電機製ES-567もしくは日立製MMCを搭載したが、最終的に国鉄制式のCS5系統に統一されている。不足分は東武の関係者がわざわざ大船の工場に出向いて状態の良い解体発生品を購入したという逸話もある。なお、同種の機器を搭載した5700系は本系列への更新の対象から外れ、1991年まで現役で使用された。

当初は旧特急車の栄光を残す形で5000系として登場したが、4連6本、2連5本の34両という小所帯であることから7800系の車体更新時期に差し掛かった際に3070系に改番されている。なお、3000系や3050系との併結は制御シーケンスの互換性がないため不可能である。

運用[編集]

主に日光線系統で使用されたが、当初4連2本のみが野田線配置であった。1982年には砂撒き装置が設置され、1986年には下枠交差型パンタグラフを霜取り用として2連3本のクハに設置された。1987年にはクハのパンタグラフを撤去して4連3本と2連のすべての電動車のパンタグラフを2基化する工事がなされた。こちらも当初は集電しないタイプの下枠交差型を増設したが、最終的に菱形の集電対応型に再改造されている。晩年に入ると、付随車の台車が3000系の発生品に交換されたものも存在した。

このようにして何度も手を加えられた本系列であったが、流石に機器類の老朽化は否めず、冷房装置の搭載も見送られ、5050系などに代替される形で1996年4月までに全車が運用を終了し、翌5月までにすべてが廃車されて形式消滅となった。廃車後は3000系、3050系と異なり全車が解体され、譲渡車はない。また、本系列の廃車をもって東武線上から旅客向きの非冷房車が全廃となった。

関連項目[編集]