多摩市立図書館複写拒否事件

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多摩市立図書館複写拒否事件[1][2](たましりつとしょかんふくしゃきょひじけん)は、著作権法第31条1項(図書館等における複製等)に関する裁判例である。多摩市立図書館複写請求事件[3][4]土木工学辞典事件[5]とも。

経緯[編集]

地方公共団体である行政処分取消請求事件被告・著作権確認等請求事件被告・被控訴人・被上告人多摩市は、図書館法第2条に規定する公立図書館として、多摩市立図書館を設置している。同図書館は著作権法31条1項1号に基づき蔵書の複写サービスを実施している。行政処分取消請求事件原告・著作権確認等請求事件原告・控訴人・上告人Xは、多摩市の住民であり、同図書館において、訴外朝倉書店が発行する『土木工学辞典』の112頁から118頁までの複写物交付を申請した。この112頁から118頁までは単一の著者が執筆したものでありそれ自体で一個の著作物とみなせることから、同図書館は同項が複製可能とする「著作物の一部分」ではなく著作物の全部の複製を申請するものであるとして、本件複写を拒否する旨回答した。

行政処分取消請求事件[編集]

Xは、本件回答が行政処分たる「著作物複製不許可処分」であるものとして、当該行政処分の取消を求めて東京地方裁判所に提訴した。東京地方裁判所平成6年9月21日判決、平成5年(行ウ)第249号。

行政事件訴訟法3条2項では取消の訴えの対象となる処分を「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と定義しており、同図書館による複写を拒否する旨の回答が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」にあたるかどうかが争点となった。東京地裁は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」について「公権力の行使すなわち行政庁が法が認めるその優越的な地位に基づき権力的な意思活動としてするような行為であること及びその行為が個人の法律上の地位ないし権利関係に何らかの影響を与えるような性質のものであることを要する」とした。著作権法31条1項については、「国公立の図書館に優越的な地位に基づき権力的な意思活動としての複製の許可権限や複製物の交付権限を与えたものとも、これに対応して、図書館利用者に図書館に対する複製物の交付申請権やこれに対する図書館の応答義務を定めた規定と解することはできない」と判示したほか、「多摩市公民館及び多摩市立図書館に関する条例、多摩市立図書館の管理運営に関する規則及び多摩市立図書館処務規程にも、多摩市立図書館や被告に権力的な意思活動としての複製の許可権限や複製物の交付権限を与える規定、これに対応するXに複製物の交付申請権やこれに対する図書館の応答義務を定めた規定は見当たらない」とした。ゆえに、「被告の本件回答は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為といえず、処分の取消しの訴えの対象とすることはできない」と判示して、訴えを却下した。

著作権確認等請求事件[編集]

原審[編集]

行政処分取消請求が却下されたXは、Xが著作権法に基づき同図書館蔵書ならびに本件書籍の複製権を有することの確認ならびに複写物の交付、さらには国家賠償法1条1項に基づき本件複製物不交付によって被ったXの精神的損害の賠償として10万円の支払いを求め、再度提訴した。原審は、東京地方裁判所平成7年4月28日判決、平成6年(行ウ)第178号、知的財産権関係民事・行政裁判例集27巻2号269頁、判例時報1531号129頁。判例タイムズ884号242頁。Xの請求はいずれも棄却、X控訴。

東京地裁は、同法31条1項につき、「図書館の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表された著作物の一部分等所定のものの複製物を一人につき一部提供する場合に、図書館資料を用いて著作物を複製することができることを定めた規定であって、著作権者の専有する複製権の及ばない例外として、一定の要件のもとに図書館において一定の範囲での著作物を複製することができるとしたもの」と説明し、「図書館に対し、複製物提供業務を行うことを義務付けたり、蔵書の複製権を与えたものではない」とした。さらに、「この規定をもって、図書館利用者に図書館の蔵書の複製権あるいは一部の複製をする権利を定めた規定と解することはできない」とした。この点から、同図書館蔵書ならびに本件書籍の複製権を有するとするXの主張は棄却された。そして、「原告の請求した本件複写請求部分は、著作物の全部に当たるもので」あること、同項では「発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個々の著作物」に限って全部の複写を可能としているものの『土木工学辞典』は「定期刊行物」に該当しないことの2点から、被告の複写拒否の違法性も否定されている。

また、同図書館は館内に設置しているコピー機の周囲に複写サービスの概要に関する告知文を掲示していた。Xは当該告知文が「一個の著作物の半分までの複製物を交付する旨を告知している」ものとして、「不特定の図書館利用者との間で、一個の著作物の半分までの複製物の交付を行う予約契約」ないし「一個の著作物の半分までの複製に応じる旨の契約の申込みに該当」するから、Xの複写申請をもって複写物交付契約が成立しているものと主張した。しかし、東京地裁は「告知の性質は申込の誘引にすぎず、申込は利用者において行うものと解するのが相当」と判示し、複写物交付契約の成立を否定した。

控訴審[編集]

控訴審は、東京高等裁判所平成7年11月8日判決、平成7年(行コ)第63号。知的財産権関係民事・行政裁判例集27巻4号778頁。Xは一審における主張に加え、「本件の事例においては、本件複写請求部分6頁の複製を不適法であると考えるのであれば、3頁までという条件を付款として付けて許可を行」う「ことが多摩市立図書館長に義務づけられている」と主張し、「一個の著作物と認められる範囲に至らない限度で、控訴人の複製行為が妨害される理由はな」く、「多摩市立図書館長による複製の前面拒絶の姿勢」によって一部の複製をも妨害されているものとして、この妨害排除とXが自ら行う複製行為の受忍を求める請求を追加した。Xの請求はいずれも棄却、X上告。

東京高裁は、Xによる追加主張以外の部分につき、原判決を支持した。追加主張部分についても、「『全部については許可できないが、一部についてはコピーできる』旨を」「文書でその旨回答していることは明らかであ」り「複製物を必要とする著作物の部分を特定するのは、複製物の交付を求める図書館利用者がなすべき事柄」であると判示し、「控訴人が当審においてした追加請求を含め、控訴人の本訴請求はいずれも理由がない」として請求を棄却した。

上告審・控訴審二次判決[編集]

上告審は最高裁判所第一小法廷平成9年1月23日判決、平成8年(行ツ)27号。最高裁は控訴審判決を支持して上告を棄却。その後、東京高裁の控訴審において「妨害排除請求及び複製受忍請求」に関する判決が脱漏しているものとしてXが東京地裁に補充判決を求めた。この求めに基づき東京高等裁判所は平成7年(行コ)第63号事件について口頭弁論を行わずに平成9年3月31日に再度判決を出した。控訴審判決は確かに「妨害排除」「複製受忍」に関して言及していないものの、控訴審において「控訴人が当審においてした追加請求を含め、控訴人の本訴請求はいずれも理由がない」と判示されていることから、東京高裁は「控訴人がいう判決の脱漏はなく、本件につき追加判決をする余地はない」と述べ、当該訴訟の終了を宣言した。

解説[編集]

著作権法30条以下の権利制限規定の中でも、31条(図書館等における複製等)について争われた数少ない判例である[6]。本件判例は、権利制限規定が著作物の利用者に権利を付与するものではなくあくまでも著作権者の権利を制限しているに過ぎないことを判断したものと評価されている[1]。また、本件判例は、31条1項に基づく図書館における蔵書等の複製サービスの主体が図書館にあることを改めて確認したものでもある。31条1項の「公表された著作物の一部分」の解釈について、多摩市立図書館による解釈を追認したものとも理解できる。多摩市立図書館によるこの解釈は、文化庁著作権審議会が1976年9月に出した報告書における解釈「『一部分』とは、少なくとも半分を超えないものを意味するものと考えられる」[7]を根拠とするものであり、日本で複写サービスを提供しているほぼ全ての図書館が同一の解釈をとっているものと考えられる。ただし、このような解釈には批判もあり、たとえば本件のような事案で辞典の1項目の半分までの複写しか提供されないとするならばそれを複写する意味がなく、ましてや本件辞典が1万3千円もする高価なものであると考えれば、1項目全ての複写が許されてもいいように思える。実際に、本件の1項目は「著作物の一部分」に該当するべきだという学説もある[1]。ただし、31条が厳しい条件のもと著作権者の権利を制限して図書館等における複製を許していることを考えれば、このような事案はどちらかといえば立法によって解決されるべきものであると言え、法律の解釈としては裁判所の判断に妥当性があるといえよう。本件事案ではあてはまらないが、俳句など著作物の全部が1頁に収まってしまっていて、著作物の全部が写り込んでしまうため一部分の複製の提供が現実的に不可能な事案においては、日本図書館協会他が策定した「複製物の写り込みに関するガイドライン」が2006年1月に公開された[8]ことで実質的に解決されている[9]

出典[編集]

  1. a b c 黒澤節男「図書館における事典の複写―多摩市立図書館複写拒否事件」『著作権判例百選 第3版』別冊ジュリスト157号、158頁。
  2. 村井麻衣子「多摩市立図書館複写拒否事件の検討 : 米国著作権法フェア・ユースに関する裁判例・議論からの示唆を踏まえて」『図書館情報メディア研究』9巻1号、17頁-34頁。
  3. 中山信弘『著作権法』有斐閣、2007年、255頁。
  4. 作花文雄『詳解著作権法 第3版』ぎょうせい、2006年、333頁。
  5. 大渕哲也他『知的財産法判例集 第2版』有斐閣、2015年、428頁。
  6. 著作権法31条について争われた他の例としては「北朝鮮の極秘文書」図書館蔵書事件控訴審判決(知財高判平成22年8月4日・平成22年(ネ)10033号))がある。
  7. 文化庁著作権審議会第4小委員会「第4小委員会(複写複製関係)報告書」1976年9月、公益財団法人著作権情報センター、2019年5月4日閲覧。
  8. 社団法人日本図書館協会、国公私立大学図書館協力委員会、全国公共図書館協議会「複製物の写り込みに関するガイドライン」2006年1月1日。
  9. 日本図書館協会「著作権法第31条の運用に関する2つのガイドライン」2019年5月14日閲覧。

外部リンク[編集]