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昭和研究会(しょうわ けんきゅうかい)、1933年(昭和8年)10月1日設立[1] – 1940年(昭和15年)11月19日解散[2])は近衛文麿の政策研究団体。主宰者は近衛のブレーンだった後藤隆之助

概要[編集]

1933年(昭和8年)10月1日後藤隆之助、近衛文麿、蝋山政道酒井三郎の4人で設立する。専門家を招き前記4人の他に当時大蔵省在籍中の井川忠夫も参加し、専門家の話を聞くことから始めた。同年11月に読売新聞に、この研究会が近衛に政権に野心があるような記事が出た。 こののため、12月に時事懇談会開催の名目で発起人会を開催するとともに、会の名称を正式に昭和研究会とすること、会の目的は関口泰の発言『「近衛公のために研究するのではなく、(中略)日本がどうあるべきかという政策を真剣に研究すべきでは無いかと思う」』(昭和研究会 ある知識集団の軌跡 19頁8-10行目を引用[3])が、そのまま会の目的となった。


脚注[編集]

  1. 酒井 1999, p. 16.
  2. 酒井 1999, p. 233.
  3. 酒井 1999, p. 19.

出典・引用等[編集]

  • 酒井三郎 『昭和研究会 ある知識集団の軌跡』 中央公論社〈中公文庫 さ 35 1〉、1992年7月10日、1st。ISBN 4-12-201921-4