今崎半太郎

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今崎 半太郎(いまさき はんたろう)は、島根県知夫郡(現・隠岐郡浦郷村政治家。1904年(明治37年)から1946年(昭和21年)まで浦郷村の村長を務めた。

経歴[編集]

1889年(明治22年)以後には各地で町村制が施行され、1908年(明治41年)には一部の島嶼で島嶼町村制が施行されている。隠岐諸島ではこれらとは別に、1904年(明治37年)5月1日に「島根県隠岐国ニ於ケル町村ノ制度ニ関スル件」が施行され、町村制に準ずる町村が発足した。近世以来の浦之郷村が単独で自治体を形成し、同年5月1日には、島根県知夫郡(現・隠岐郡浦郷村が発足[1]。今崎半太郎が初代浦郷村長に就任した[1]。当時の浦郷村民は不況のあおりでかなりの借金を抱えており、今崎は漁業・養蚕・畜産などの地場産業の振興を図った[1]。また村民の意識改革、漁業経営や施設の改善などに努め、水産教育も行った[1]

1946年(昭和21年)11月3日には浦郷村が町制を施行して浦郷町となり、今崎は浦郷村長を退任した[1]。浦郷村長は初代の今崎ただひとりであり、今崎は1904年から1946年までの43年間も村長を務めた[1]。1986年(昭和61年)10月には今崎半太郎翁顕彰会によって、浦郷漁港にあるシルバー会館脇の一角に今崎の銅像が建てられた。

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 隠岐観光協会(1998)、pp.112-113

参考文献[編集]

  • 前野忠教「漁業に生きた町・浦郷 発展の礎 築いた今崎氏」隠岐歴史民俗研究会『隠岐の国散歩』隠岐観光協会、1998年