三鷹市山本有三記念館
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三鷹市山本有三記念館(みたかしやまもとゆうぞうきねんかん)は山本有三の旧住居を公開した記念館である。
概要[編集]
山本有三は1936(昭和11)年に土地と建物を購入し、母ナカ、妻はな、4人の子どもたちとともに移り住んだ。昭和11年から21年までの約10年間、家族とともに暮らした家である。1946年(昭和21年)にGHQにこの家を接収され、有三は転居を強いられた。GHQは高級将校の邸宅として使い、5年後に返還された。返還後、山本有三から三鷹市に寄贈され、1996年(平成8年)に記念館を開設した。有三はこの家で代表作「路傍の石」や戯曲「米百俵」を執筆した。山本有三の生涯と作品を紹介する施設として公開されており、展覧会や朗読会などの事業も行われる。
特徴[編集]
1926年(大正15年)の建築。建物の設計者は、明確ではないが、旧鳩山一郎邸と意匠が類似しているため「鳩山邸」「旧歌舞伎座」「旧明治生命館」などの設計者であった岡田信一郎の可能性がいわれている。1 外壁にスクラッチタイルを使う。帝国ホテルの設計でも知られるフランク・ロイド・ライトが多用した手法である。