ハマグリ
ハマグリ(蛤、文蛤、蚌、浜栗、鮚、Meretrix lusoria、英:Asiatic hard clam)は、マルスダレガイ上科マルスダレガイ科に分類される二枚貝の1種である。食用として一般的な貝類の一つである[1]。俳句文化においては春の季語の一つ[2]。
名称をめぐって[編集]
標準和名の「ハマグリ」は、Meretrix lusoriaという単一の種を表す。ただし、この他にも様々な用法があるため、生物学や水産学関連の文書以外での「ハマグリ」「はまぐり」「蛤」などが何を指すのかが不明な場合も多く、注意が必要である。
古くは一般的な二枚貝類の総称として「ハマグリ」が使われた。和名構成の基幹ともなり、ベニハマグリ(バカガイ科)[3]、ノミハマグリ(マルスダレガイ科ノミハマグリ属)[4]など、「属」レベル・「科」レベルで異なる種に「○○ハマグリ」という標準和名が与えられることがある。
ハマグリ属の二枚貝はどれも外見が似ているため、水産市場や日常生活ではチョウセンハマグリやシナハマグリを含め、ハマグリと総称・混称される。実際、水産庁の「魚介類の名称のガイドラインについて」(平成19年7月)でも、ハマグリ属の総称として「ハマグリ」と呼んでもよいことになっている。また、ホンビノスガイ(一名・シロハマグリ)も「ハマグリ」と呼ぶことがある[5]。なお、国内で流通するハマグリと呼ばれる貝は、事実上全部チョウセンハマグリまたはシナハマグリである[6]。
和英辞典などでハマグリの訳語としてclamを当てるが(一例として[7])、clamはハマグリとイコールの概念ではない[8]。和独辞典[9]などでハマグリの訳語とされるVenusmuschelについても同様(Venusmuschelの訳語としてマルスダレガイを当てる独和辞典[10]もある)。
分布[編集]
北海道南部から九州にかけての日本各地。朝鮮半島。台湾。中国大陸沿岸[11][12]。
国内における本来の分布域は日本各地であるが、干拓や埋め立て、海岸の護岸工事などによって生息地の浅海域が破壊されたため、昭和後期には個体数が急激に減少した。少なくとも1980年代以降、瀬戸内海西部の周防灘の一部、有明海の一部などの局地的な生息地を除くほとんどの産地で絶滅状態になった。『千葉県レッドデータブック』でも本種は絶滅種 (EX) に指定されている[13]。環境省の「第4次レッドリスト」では、絶滅危惧II類に指定されている(2012年)[14]。
形態[編集]
殻は丸みを帯びた三角形。やや薄い。外套線湾入は極めて浅い。近縁種のシナハマグリに比べ、後背縁はやや直線的[15]。殻長8.5センチ、殻高6センチ、殻幅3.5センチ[16]。殻の表面は黄褐色で2本の放射帯を持つものが典型であるが、個体差が大きい[11]。
生態[編集]
淡水の影響のある内湾の潮間帯から水深20メートルの砂泥底に生息[12]。
産卵期は6-10月(ピークは8-9月)。2年で32ミリ、4年で44ミリ、5年で55ミリまで成長する。寿命は少なくとも6年とされる[11]。
人との関わり[編集]
日本人にとって非常に古くから親しまれてきた食材で、縄文時代にはすでに利用していたと考えられる(出土事例あり)。東京の中里貝塚から大量に出土したハマグリの貝殻を分析した北区飛鳥山博物館によると、資源管理(大きく育つまで待ってから採取する)や、干し貝にして内陸へ供給していた可能性がある[17]。
以前は鹿島灘、九十九里浜、日向灘、石川県加賀海域が主要な産地であったが、水質汚染と干潟の大規模な埋立により水揚げは激減[18]、近年では国内で流通するハマグリ類の3/4はチョウセンハマグリである[19]。その一方、福岡県糸島市の加布里(かぶり)湾のように、禁漁期間・区域の設定、小さな貝は放流するといった規制により、ハマグリの資源保護と高級ブランド化に成功している地域もある[20]。
食品として[編集]
遊離アミノ酸を多く含み、これが味に深みとコクを与える[17]。殻付きの状態で潮汁、酒蒸し、焼き蛤など、剥き身として寿司、ハマグリ鍋、ハマグリ飯、ぬた、時雨煮など、利用範囲は広い[21]。ただし、アサリやシジミ等と比較して価格は高い傾向にあるため、日常で食べる機会は少ない傾向にある。
生のハマグリはビタミンB1を分解してしまう酵素アノイリナーゼを含むため、一般に生食には向かない[22]。
ハマグリは同一個体の殻でなければぴったりとかみ合わない。そこでハマグリは貞節の象徴とされ、結婚式やひな祭りでハマグリの吸い物が出されることも多い[16]。
ハマグリのガソリン焼き[編集]
北朝鮮の郷土料理に、「ハマグリのガソリン焼き」というものがある(日本の俗称では「ハマガソ」と呼ぶことがある)。屋外で生のハマグリにガソリンをふりかけて一気に焼き上げるという、蒸し焼きの一種で、ガソリン臭さは無く美味であるという。なお、ガソリンの代わりにアルコールを使う調理もあり、こちらの方が調理としては上等なものとされる[23]。
日本語[編集]
語源は「浜の栗」からだと云われているが、疑問もある。そもそも「グリ」が小石を意味する言葉だとする説もあり、「歩くとグリグリして痛い」からグリであるという。石が地中にあるように、砂の中に生息する本種をクリと呼んだ[24]。赤ずきんの類話には「茨の道か、小石の道か?」という問いが出てくる。あれを裸足であるいたらかなり痛そうだ。試したい人がいたら那智の海岸まで行って裸足で歩いてみるといい。
ぐりはま[編集]
ハマグリの殻は向きを揃えないとぴったりと合わないことから、「はまぐり」を逆にした「ぐりはま」で「物事の手順・結果が食い違うこと。意味をなさなくなること」を表す。転訛して「ぐれはま」ともいう[25]。
ぐれる[編集]
「ぐれはま」の「ぐれ」を動詞化したもの。「予期したことが食い違う・見込みが外れる。不良化する」ことを表す[26]。
脚注[編集]
- ↑ 『新明解国語辞典』 金田一京助, 金田一春彦, 見坊豪紀, 柴田武, 山田忠雄、三省堂、1972年1月24日、第二三刷、909頁。「食べる貝として、最も普通で、おいしい。」
- ↑ 『季語辞典』 大後美保、東京堂出版、1977年12月10日、114頁。
- ↑ “Mactra ornata Gray, 1837 ベニハマグリ”. BISMaL. 国立研究開発法人海洋研究開発機構. 2021年2月14日確認。
- ↑ “Turtonia minuta (Fabricius, 1780) ノミハマグリ”. BISMaL. 国立研究開発法人海洋研究開発機構. 2021年2月14日確認。
- ↑ “魚介類の名称のガイドラインについて(PDF)”. maff.go.jp. 農林水産省. 2020年11月27日確認。
- ↑ 秋山et al 2019, p. 138.
- ↑ 新和英中辞典 2002, p. 1489.
- ↑ 『岩波 英和大辞典』 中島文雄、岩波書店、1971年1月25日、304頁。「(食用になる)二枚貝」
- ↑ 『和独辞典(総皮装)』 奥津彦重、白水社、1980年1月20日、11版、329頁。
- ↑ 『小学館独和大辞典 特装版(総革装天金)』 小学館、1985年1月18日、2360頁。ISBN 4-09-515011-4。
- ↑ a b c 日本大百科全書 1988s, p. 50.
- ↑ a b 世界文化社 2004, p. 335.
- ↑ 千葉県レッドデータブック 2011, p. 431.
- ↑ “第4次レッドリストの公表について”. env.go.jp. 環境省 (2012年8月28日). 2015年4月27日確認。
- ↑ 奥谷 2017, p. 1249.
- ↑ a b 『料理食材大事典』 主婦の友社、1996年7月27日、673頁。ISBN 4-07-214741-9。
- ↑ a b 櫛田寿宏 (2019年2月24日). “【フード 食・歳時記】ハマグリ 磯の香りとエキスで春到来(page=1)”. sankei.com. 2021年2月19日確認。
- ↑ 日韓共同干潟調査団ハマグリプロジェクトチーム(山下博由et al.) 「沈黙の干潟 ―ハマグリを通して見るアジアの海と食の未来―」『高木基金助成報告集 Vol.1』 高木仁三郎市民科学基金、2004年、85-91頁。
- ↑ 小島彰、初澤敏生、阿部高樹、井上健、熊本尚雄「ハマグリ漁におけるプール制について ―鹿島灘漁協,はさき漁協,大洗町漁協の事例―」、『福島大学研究年報』第5号2009年、 33-37頁。
- ↑ “国産ハマグリ 福岡で復活/漁獲規制が実を結ぶ”. 日経MJ. (2019年2月25日)
- ↑ 河野 1991, p. 393.
- ↑ 小川政禧、梅村和子、江原史子「蛤アノイリナーゼの調理科学的研究(主として食塩の影響)」、『栄養と食糧』第8巻第4号、公益社団法人日本栄養・食糧学会、1955年、 11-13頁、 。
- ↑ 井上一希 (2020年8月31日). “北朝鮮名物「愛の不時着」にも登場したハマグリのガソリン焼きの魅力”. Korea World Times. 株式会社コリアワールドタイムズ. 2021年2月16日確認。
- ↑ 前田 2005, p. 926.
- ↑ 前田 2005, p. 442.
- ↑ 前田 2005, p. 447.
関連作品[編集]
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- 髙重博 『温帯域・浅海で見られる種の生態写真+貝殻標本 日本の貝』 誠文堂新光社、2019年1月21日。ISBN 978-4-416-51834-2。
- 『子どもと一緒に覚えたい 貝殻の名前』 秋山信彦, 吉川尚, 野口文隆(監修)、マイルスタッフ、2019年8月1日。ISBN 978-4-295-40336-4。
- 『日本大百科全書』19、小学館、1988年1月1日。ISBN 4-09-526019-X。
- 『改訂新版 世界文化生物大図鑑 貝類』 世界文化社、2004年6月15日。ISBN 4-418-04904-5。
- 奥谷喬司(編著) 『日本近海産貝類図鑑』 東海大学出版部、2017年1月30日、第二版。ISBN 978-4-486-01984-8。
- 『語源・由来 日本料理大事典』下巻、ニチブン、2000年7月15日。
- 『魚Ⅱ』 河野友美、真珠書院〈新・食品事典4〉、1991年7月20日。ISBN 4-88009-104-9。
- 『相模湾産貝類』 生物学御研究所、丸善、1971年。ISBN 4-621-01217-7。
- 『新和英中辞典』 Martin Colick, David P. Dutcher, 田辺宗一, 金子稔、研究社、2002年。ISBN 4-7674-2058-X。
- 『日本語源大辞典』 前田高祺(監修)、小学館、2005年4月1日。ISBN 4-09-501181-5。
- 『千葉県の保護上重要な野生生物 ―千葉県レッドデータブック― 動物編(2011年改訂版)』 千葉県レッドデータブック改訂委員会、千葉県環境生活部自然保護課、2011年。NDL:21926655。