ニコライ・ウトキン
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ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ウトキン(Николай Александрович Уткин、1894年4月21日 - 1965年8月19日)は、ロシア帝国、白軍、エストニアの軍人[1]。
生涯[編集]
1894年4月21日、サンクトペテルブルクにて六等官の息子として生まれた。
1915年9月12日に海軍に入隊し、同年10月1日から1916年6月1日まで巡洋艦オリョールに勤務する。
1917年3月10日に下士官、同年4月15日に軍曹に昇進するが、1918年1月30日、人民委員部により、海軍を解雇される。
ロシア内戦の際にユデーニチ将軍の北西軍に参加し、第1歩兵師団長と装甲列車アドミラル・コルチャーク[2]の砲兵隊長に任命された。
内戦終結後はエストニアに移住し、市民権を得る。1923年1月に将校の副官としてエストニア人民予備役隊に入隊した。
1965年8月19日、タリンで死去。遺体はタリンのアレクサンドル・ネフスキー墓地[3]に埋葬される。
脚注[編集]
- ↑ “Уткин Николай Александрович — Russian Estonia”. russianestonia.eu. 2022年12月10日確認。
- ↑ “Адмирал Колчак — Russian Estonia”. russianestonia.eu. 2022年10月8日確認。
- ↑ “Haudi”. www.kalmistud.ee. 2022年10月8日確認。