アーラーム・シャー
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アーラーム・シャー(Aram Shah, ? - 1210年)は、北インドのデリー・スルターン朝(奴隷王朝)の第2代君主(在位:1210年)。
生涯[編集]
父は奴隷王朝の創始者であるクトゥブッディーン・アイバク。ただし、アイバクの息子と恐らく思われるとあるため、実子では無かった可能性もある[1]。
1210年にアイバクが不慮の事故死を遂げたため、ラホール宮廷の貴族らによってスルタンに擁立される。しかし、これとは別の貴族らがアイバクの娘婿で有力な軍の司令官であったイルトゥトゥミシュを擁立してデリーに呼び寄せたことから、後継者争いとなる。アーラームはデリー郊外の戦いにおいてイルトゥトゥミシュに敗れて、殺されたと伝えられている[1]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
- フランシス・ロビンソン、月森左知訳 『ムガル皇帝歴代誌 インド、イラン、中央アジアのイスラーム諸王国の興亡(1206年 - 1925年)』 創元社、2009年。