犬のお告げ/ネタバレ有り解説
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真相[編集]
犯人は、海岸を歩いていた大佐の甥ハリー・ドルースである。仕込杖になっているステッキを使って、生け垣越しに東屋のなかの大佐を刺し殺した。東屋は板のあいだに隙間が空いており、ぴったり密閉されているわけではないためこのような殺害が可能である。関係者はみな「背後から短剣で殺された」という先入観をもっていため、この真相に気づけなかった。
ハリーは、投げた物を犬に取りにいかせる遊びを行い、途中でステッキを海に投げ捨てて証拠を隠滅した。普通のステッキより重いため、凶器は海に沈んでしまった。犬が鳴き声をあげたのは主人の死を悟ったからではなく、探しに行ったステッキが沈んでしまって見つからなかったためである。
ハリーの犯行は計画的なものではない。まだ遺書の内容は明かされておらず、自分に遺産が入るかどうか不明な状況下の犯行である。インドの警察で規約を破ったりモンテカルロで財産をスったりと、ギャンブラー的な性格を持っているハリーは、生け垣越しの大佐を見つけた際にとっさに犯行を思いつき、実行した。「自分に利益があるかどうか判然としないからこそ、あえて危険を犯す」という逆説的な心理が働いていたのだ。
犯行後、遺書の内容が明らかとなる。遺産が貰えないことを知ったハリーは自殺した。
ポイント[編集]
この小説では、いくつものテクニックが使われている。
- 密室トリックのミスディレクション
- 母屋と東屋をつなぐ中央路を弁護士や娘がどのタイミングで通ったかということが詳しく語られ、密室トリックの真相から巧みに目を逸らしている。唐突に海岸の話が差し込まれると全体の筋から浮き上がってしまい真相が見えやすくなってしまうが、「犬のお告げ」というタイトルにちなんだエピソードを用意することで不自然でなくしているのが上手い。さらに、同じ場面に兇器を隠すトリックもさりげなく仕込んでいる構成が憎い。
- 安楽椅子探偵という構成
- 真相が見えにくい原因のひとつは、海岸と東屋の位置関係が明確に語られないためである。もしも、このボカし方が地の文で行われたものであれば、「下手な小説」であるとか「アンフェアな小説」であるといった批判がついて回るだろう。しかし本作は、ファインズがブラウン神父に語って聞かせる「伝聞」という形を取っているため、情報の提示が不十分であることが不自然でなくなっている。海岸と東屋の位置関係を推理する手がかりが「運命の岩があまり高くない」という一点のみであるのはやや物足りないが、それでもブラウン神父と同じぐらいの優れた洞察力があれば、読者にも見抜くことはできたはずだと言える構成になっている。
- 意外な動機
- 少し考えれば分かる通り、本作は「計画殺人」としては成立しないトリックである。ドルース大佐が東屋の中のどこに座るのか、明確に予測することはできないからだ。チェスタトンは、お得意の逆説的な心理描写によって「利益が得られるか分からないからこそとっさの殺人を行った」という意外な動機を成立させてしまう。他の作家だったら「苦しい説明」とも映るところだが、チェスタトンは恐らくこれを苦しい説明だとは思っていないであろう。こうした逆説は、現代のミステリ読者からは評価が分かれそうなところである。心理描写の過程で「運命の岩」というアイテムを再活用している構成が光る。
- 影の薄い犯人
- ファインズは犬の散歩のあらましを語って聞かせるとき、兄のハーバートを中心に描写している。真犯人のハリーは「彼の弟」という表現で済まされている。この語り口のせいで、読者の意識からハリーの存在が抜け落ちてしまう。
余談[編集]
「ネタバレ無し」「ネタバレ有り」の2ページに分けて解説する趣向は、老舗ミステリ書評サイト「黄金の羊毛亭」をリスペクトしたものである。