板橋強制わいせつ事件

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板橋強制わいせつ事件(いたばしきょうせいわいせつじけん)とは、東京都板橋区において起きた強制わいせつ事件である。その後の捜査で起訴されたAは、1審無罪、2審有罪の後に最高裁で無罪判決が確定している。

概要[編集]

1985年7月13日午後6時頃、東京都板橋区のマンション前の通路で男性Aに少女Bが呼び止められる。そして、踊り場に連れ込まれて、わいせつ行為を受ける。AがBを連れ歩いている際には、マンションの管理人Cが通りかかり、犯人に声をかけられている。

Bは、事件を数日の間誰にも告げなかったが、Dらに打ち明けたところ、Dも同じマンションで日本語がうまい外国人風の男についてこられたことがあると話した。そこから、Bの母親の耳にも入り、母親が管理人Cに少女の証言に該当する人物を尋ねてたところ、アメリカ人の父と日本人の母を持つマンションの住人Eが浮上。警察が少女とEを面通しさせたところ、AとEは同一人物だと証言。緊急逮捕される。

Eは、逮捕当初は犯行を否認していたが、取り調べ11日目に犯行を自白。検察は、Bに対する強制わいせつ罪でEを起訴する。

裁判経過[編集]

裁判では、Eは犯行を否認。事件当時は、自宅でテレビを見ていたと主張。これに対して被害者Bは、AとEは同一人物だと証言。管理人Cは若い男とBが一緒にいたのを見ており、会話を交わしたており、Aは以前から知っていたEと証言。7月16日に、母親から被害のことを聞いて、犯行の途中だったと分かったと供述した。弁護側は、警察の面通しのやり方には問題があり、BとCの供述には信用性・任意性はなく、AとEは別人だと主張。AとEとの同一性がどうかということが最大の争点となった。

1審[編集]

1審東京地裁は、無罪判決を言い渡した。判決では、Bの一連の供述に関して、面通しでEを犯人だと供述した時は透視鏡を通して警察官から犯人で間違いないかどうか訊ねられて頷いただけのもので、証人尋問でも看守に戒護されているEを指示されて肯定しただけのものだとして供述としての価値は高くないと判断。また、Bの証言の中に、犯人が「ポパイ」という英語の文字が書かれたTシャツを着て、折り畳み傘や地図、英単語、絵が描かれたカード数枚を持っていたとあるが、Eがそのような格好をしていた証拠はないとした。Bの供述は、Bが犯人についての知識がないところに、Dらの証言を聞いたため、Dらにいたずらをした犯人と自分をわいせつした男が同一人物だと認識した疑いがあると指摘。Bの供述は、マンションの住人とEとの同一性の確認にすぎない可能性があるとした。

Cの供述についても信用性を否定。Eの自白調書は任意性はあるが、信用性は否定した。Eの午後5時50分頃に帰宅してテレビを見たという供述について、番組の詳細を述べていることから、アリバイ成立を否定できないとした。

2審[編集]

2審東京高裁は、1審判決を破棄して、懲役1年2月の有罪判決を言い渡した。判決では、BはEとは初対面ではなく、事件前に2、3回見かけたことがあり、約30分間にもわたって犯人を注視しており、事件後の面通しは被害の3日後に行われていながら躊躇なく犯人はEであるとしていると指摘。Bが過去に白人系の外国人と交際経験があり、被告が白人系の特徴的な容貌であることから面通しの証言の信用性を認定。Bが、被害の状況や犯人の特徴を詳細に供述していることから、Bは優れた観察眼と記憶の確かさを持っており、1審で指摘していたDの会話から影響を受けたとみることはできないとした。

Cの証言について、CとAとの会話からは、当時のCはAを外部からマンションに立ち入った人物だと認識していたとしたが、Cが忙しかったためそのように早合点した可能性を指摘。その後、犯行を知り、AがEと同一人物だと気づいたとすると、不自然ではなく、Cの供述は信用できるとした。

Eの自白調書は、BやCの供述と符合しない部分があり、秘密の暴露もないが、被疑者が犯行の全容を必ずしも供述しない可能性もあるとして、信用性を認定。アリバイについては、信用できないとした。

最高裁[編集]

最高裁は、2審判決を破棄。逆転無罪判決を言い渡し、無罪判決が確定した。判決では、Bが年少者であることから、供述の信用性の吟味は慎重であるべきとした上で、友人Dらの供述を通して、AとDらをいたずらした犯人と同一でマンションの5階の住人だと思い込んだ可能性が否定できないとした。また、Bの証言が1審よりも2審の方が、詳細で断定的となっている不自然さや、Bが犯人と会ったことがあるといっても2、3回程度であることから、Bの供述には疑問があるとした。

Cの供述についても、「館内放送をする」という会話をしていたが、マンションでの放送の使い方から見て、この言葉は外部からの人について使うものだとして、会話時点でAがEであるということに気づいていたという供述と矛盾すると指摘。2審で指摘したように記憶の喚起が起こるとは考えにくく、その他のCの供述を考えてもCの供述には様々な疑問があり、信用性に疑問が生じるとした。

自白調書の内容も、Eは友人に届けるおにぎり2個を入れた西武百貨店の紙袋を持っていたとしたとしているが、Bの犯人の特徴を述べた証言と食い違いがあると指摘。わいせつ行為については、一致しているが、Eの自白前にBが捜査官に詳細な供述をしているため、犯人とするには合理的な疑いが生じるとして、自白調書の信用性を否定。

参考文献[編集]

  • 渡部保夫『無罪の発見―証拠の分析と判断基準―』(勁草書房、1992年)ISBN 4-326-40150-8
  • 判例タイムズ713号75頁