密室講義

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

密室講義(みっしつこうぎ)とは、1935年のジョン・ディクスン・カーの推理小説『三つの棺』の第17章のタイトルである。名探偵のギデオン・フェルが、自らを小説の登場人物であると明かした上で、古今東西の「密室トリック」を分類して語るシーンが有名。のちの多くの推理小説に影響を与えた。江戸川乱歩の評論『類別トリック集成』も、この密室講義に触発されて書かれたものである。

転じて、他の作家たちが発表した「密室トリックの分類」も密室講義と呼ぶことがある。

また、推理小説のなかで登場人物が(密室トリックに限らず)トリックの分類について議論しているシーンは「●●講義」と称されることが多い(詳細は後述)。単に「作中の特定の事件」について議論しているものはそう呼ばれず、「あるトリックの体系的な分類」を試みているものが「●●講義」と呼ばれる。

分類例[編集]

数多くの推理作家・評論家によって「密室講義」のバリエーションが生み出されてきた。膨大なリストを概覧したい方は、飯城勇三『密室ミステリガイド』のコラム(122ページ~)を読むといいだろう。以下、一部を紹介する。


ジョン・ディクスン・カー(ギデオン・フェル)による分類(本家)
(a) 犯人は部屋に入らなかった
  1. 殺人のように見える偶然の死
  2. 遠隔操作による殺人
  3. 機械仕掛けによる殺人
  4. 殺人のように見える自殺
  5. 殺害時刻を実際より後に見せかける
  6. 室外にいる人物による殺人
  7. 殺害時刻を実際より前に見せかける
(b) 犯人は部屋から脱出し、内側から鍵をかけたかのように偽装した
  1. 糸を使うなどの方法で、錠に入った鍵を回す
  2. ドアの蝶番を外す
  3. スライド錠に細工する
  4. 掛け金に細工する
  5. その他の効果的な錯覚を使う(外から鍵をかけて、糸を使って鍵を部屋の中に戻すなど)
1938年のクレイトン・ロースンの小説『帽子から飛び出した死』でも引用され、「(c)犯人は部屋から脱出していない」が追加された。
これらは全て「犯人の出入りに着目した分類」であるといえる。

江戸川乱歩『類別トリック集成』
  1. 犯行時犯人が室内にいなかったもの
    1. イ.室内の機械仕掛け
    2. ロ.窓または隙間を通しての室外からの殺人
    3. ハ.密室内にて被害者自ら死に至らしめる
    4. ニ.密室における他殺を装う自殺
    5. ホ.密室における自殺を装う他殺
    6. ヘ.密室における人間以外の犯人
  2. 犯行時犯人が室内にいたもの
    1. イ.ドアのメカニズム
    2. ロ.実際より後に犯行があったとみせかける
    3. ハ.実際より前に犯行があったとみせかける--密室における早業殺人
    4. ニ.ドアの背後に隠れる簡単な方法
    5. ホ.列車密室

天城一『天城一の密室犯罪学教程』による分類
  1. 抜け穴密室
  2. 機械密室
  3. 事故/自殺/密室
  4. 内出血密室
  5. 時間差密室(+)
  6. 時間差密室(-)
  7. 逆密室(+)
  8. 逆密室(-)
  9. 超純密室
天城の本業は数学者であり、変数と式を使って時間差トリックを説明しているのが特徴的。少々読んでいて頭が痛い。
上記は、小説ではなく「評論/エッセイ」という形で発表されており、本家「密室講義」とは少々毛色が異なる。しかし、有名な密室の分類なのでここでの解説に含めた。

大山誠一郎『密室蒐集家』による分類
  1. 自殺か事故死に見せかけるため
  2. 密室に出入り可能だった人間、あるいはその密室に被害者とともにいた人間に嫌疑をかけるため
  3. 犯罪の立証を妨げるため
  4. 死体発見を遅らせるため
  5. 密室現場が犯行現場と思わせるため[1]
  6. 密室トリックを思いつき、試してみたかったため
  7. 真の密室であることを隠すため(自殺か事故死による真の密室を、他人が隠蔽工作して他殺のように見せかけるトリック)
  8. 密室の作成に伴うある行為が、他の怪しい状況をカモフラージュできるため
(9. 密室蒐集家を呼び寄せるため)[2]
密室を作る「理由」を分類しているのが特徴的。
作中の登場人物・密室蒐集家(本名不明)の台詞を借りて解説されており、まさに『三つの棺』のそれさながらである。

派生版[編集]

  • ジョン・ディクスン・カー『緑のカプセルの謎』(1939年)では、ギデオン・フェル博士が毒殺魔の性格について滔々と語るシーンがあり「毒殺講義」と称される。
  • 有栖川有栖の『マジックミラー』(1990年)は、第7章のタイトルが「アリバイ講義」である。下記のとおり、アリバイトリックの分類を行っている。
アリバイ講義の要約
 
1.証人に悪意がある場合
証人が嘘をついていた場合
例:『ナイルに死す』(アガサ・クリスティ)、『不連続殺人事件』(坂口安吾
2.証人が錯覚している場合
a.時間を錯覚している場合
証人が見る時計の針に細工をする、日にちを間違わせる、曜日を間違わせる、など。
例:『ウィスタリア荘』(コナン・ドイル[3]
b.場所を錯覚している場合
証人が犯人と一緒にいる場所(アパート、新幹線、山や川など)を間違わせる、など。
c.人物を錯覚している場合
犯人が替え玉を使った場合。
例:証人がa、b、cすべてを錯覚している場合の作品 - 『人それを情死と呼ぶ』(鮎川哲也
3.犯行現場に錯誤がある場合
例えば実際の犯行現場はA市の山林で、後で死体をB市の雑木林に移動させてB市を犯行現場と思わせるもの。
4.証拠物件が偽造されている場合
写真トリック(合成写真)が典型。
例:『フレンチ警部の多忙な休暇』(F・W・クロフツ
5.犯行推定時間に錯誤がある場合
a. 実際よりも早く偽装する場合
例えば3時に殺された被害者が、2時には既に死んでいたように見せかけ、2時のアリバイを用意するというもの。
b.実際よりも遅く偽装する場合
例えば3時に殺された被害者が、4時まで生きていたと思われるよう細工して、4時のアリバイを用意するというもの。
例:2件の事件でaとbのそれぞれを用いている作品 - 『鍵孔のない扉』(鮎川哲也)
A.医学的トリック
死体を冷やしたり熱したり、胃の消化物を加工したりして、死亡推定時刻の判定を狂わせるもの。
B.非医学的トリック
医学的トリック以外の方法で、aとbの例に挙げたような細工をするもの。
※AとBにそれぞれaとbがある。
6.ルートに盲点がある場合
例えば移動するのに1時間かかる2地点間を、意外なルートを使って30分で移動するというもの。
時刻表を使った鉄道ミステリに作品例が多いが、例えば歩いて1時間かかる山道を断崖の上からパラシュートで数分で下ったというものも該当する。
例:『シタフォードの謎』『ゼロ時間へ』(アガサ・クリスティ)
7.遠隔殺人
a.機械的トリック
時限装置によって発射される拳銃や時限発火装置など。
b.心理的トリック
催眠術をかけた相手や夢中歩行癖のある相手に、危険な行為をさせるというもの。
例:『空白の起点』『炎の虚像』他(笹沢佐保
8.誘導自殺
相手に精神的に大きなショックを与えて、自殺に追いやるもの。
例:『暗い傾斜』他(笹沢佐保)
9.アリバイがない場合
犯人が訴えるアリバイが、実はアリバイでも何でもなく、読者にアリバイがあると思い込ませるもの。
例:『真昼に別れるのはいや』他(笹沢佐保)
  • カーを敬愛してやまない推理作家・二階堂黎人は『吸血の家』(1992年)のなかで「足跡のない殺人トリック」の分類を行っている。書かれている第七章のタイトルは「奇跡の講義」であり、明らかにカーの密室講義をオマージュしている。二階堂黎人の個人ホームページで同じ内容を読むことができる(ページの一番下までスクロールしてお読みください)。
  • 小森健太朗のデビュー作『ローウェル城の密室』第83章には「密室講義」というタイトルがついており、探偵局局長の《星の君》が様々な密室の可能性をあげている。
  • 三津田信三の中編小説『密室の如き籠るもの』(2009年)の第十章のタイトルは「密室講義」であり、カーの分類を引用して事件の解決を試みている。

その他[編集]

  • アントニイ・バウチャー(H・H・ホームズ)の小説『密室の魔術師 ナイン・タイムズ・ナインの呪い』のなかには、マーシャル警部補が妻のアドバイスに従って、密室講義を参考に事件を解こうとするシーンがある。

脚注[編集]

  1. 有名な例としては、1940年代に発表された国内作品である(重大ネタバレにつき伏せ字)高木彬光『刺青殺人事件』や『妖婦の宿』(ここまで)などがある。また、1953年の海外作品である(ネタバレ)W・ハイデンフェルト『〈引き立て役倶楽部〉の不快な事件(ここまで)もある意味、これの一種に入るだろうか。
  2. 最後の9番目は、密室蒐集家ではなく他の登場人物が付け足した蛇足。
  3. 『マジックミラー』の「文庫版のためのあとがき」に紹介されている作品ではない。

外部リンク[編集]