内モンゴル自治区フフホト市強姦殺人事件
内モンゴル自治区フフホト市強姦殺人事件(うちモンゴルじちくフフホトしごうかんさつじんじけん)は、中華人民共和国内モンゴル自治区フフホト市平潭県で、1996年に女性が殺害された事件。逮捕された男性は死刑を執行されたが、真犯人が発覚したとして公式に冤罪だとされた。
概要[編集]
1996年4月9日、内モンゴル自治区フフホト市内のタバコ工場付近の公衆トイレ内で女性が殺害されているのが発見[1]。第一発見者だったモンゴル族の当時18歳の少年ホクジルト(呼格)が、殺害した後に発見者を装って通報したとして逮捕された。
強姦罪と故意殺人罪で起訴されたホクジルトは、1996年5月23日にフフホト市中級人民法院で、流氓(不良)罪と故意殺人罪で呼格容疑者に死刑の判決を言い渡される[2]。上訴するも1996年6月10日に死刑が確定。即日銃殺刑に処され、事件発生から61日後というスピード審理で死刑が執行されてしまう。
冤罪[編集]
2005年10月23日、強姦・強盗・殺人の疑いで逮捕された趙志紅が、本事件は自分が真犯人だと4度にわたって自供。供述に整合性が高く、冤罪説が高まった。趙は別の事件で死刑となるも、中国人民最高法院は2007年1月に本事件の調査のために執行を延期して拘留を続ける決定をする。ホクジルトの両親は2005年11月から裁判のやり直しを求めた。
2006年に再調査専門チームが結成。中国中央テレビの2014年11月5日の再調査専門チームのメンバーのひとりに取材したところ、被害者の女性は絞殺。ホクジルトの爪の垢に残されていた血の血液型がO型であり、被害者の血液型と一致したことが「決定的証拠」となった[3]。再調査専門チームのメンバー自身は、血液型が一致したというだけで決定的証拠とするには科学的ではないと認めたという。
こうした状況の中でも再審が行われないことについては内モンゴルの共産党関係者が、今回の事件で表彰された警察関係者や事件の後に昇進して地位が高くなった者の存在が指摘された[4]。
再審無罪[編集]
2014年11月に再審開始が決定。2014年12月15日、中国内モンゴル自治区高級人民法院は、証拠不十分だったとして無罪を言い渡した[5]。判決後、内モンゴル自治区高級人民法院の趙建平副院長は謝罪。見舞金として3万元(約58万円)の支払いを提示した。
脚注[編集]
- ↑ 2014年11月7日、サーチナ「内モンゴルの冤罪疑惑 死刑執行、警察関係者「犯人でなかった」・・・「諸般の事情」で判決見直しなし、メディア再び注目」
- ↑ 2014年11月3日、RecordChina「18年前に銃殺刑になった少年死刑囚は冤罪だった?ネット上で吹き荒れる当局批判―中国」
- ↑ 2014年11月7日、サーチナ「内モンゴルの冤罪疑惑 死刑執行、警察関係者「犯人でなかった」・・・「諸般の事情」で判決見直しなし、メディア再び注目」
- ↑ 2014年12月15日、サーチナ「冤罪事件、死刑執行から18年後に裁判所「無罪」宣言・・・裁判所副所長が遺族に謝罪=内モンゴル」
- ↑ 2014年12月15日、産経ニュース「死刑執行から18年後に再審無罪 中国「証拠不十分だった」」