人魚塚 (上越市)

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人魚塚(にんぎょづか)は、新潟県上越市大潟区雁子浜にある比翼塚。人魚とは直接関係はない。

伝説[編集]

雁子浜の住吉神社(明神様)が、まだ袴形という所にあったころのお話。住吉神社の常夜灯を目印に、佐渡島から毎晩本土にわたってくる女性がいた。雁子の若者とおデートするために…。ここまでなら別に問題はなかったのであろうが、若者には婚約者がいた。ある晩、二人暮らしの母親から「今晩一晩ぐらい家にいたっていいだろう。婚約者と話でもしたらどうだ」と引き止められ、その日は佐渡の女性に逢わず、常夜灯もともさなかった。

その翌朝。佐渡の女性の水死体が明神様近くの浜に漂着した。雁子の若者は冥土でお詫びをしようと海に身を投げた。村の人たちは常夜灯の近くに二人を埋葬して、一基の比翼塚をつくり、地蔵尊像を安置した。明治41年(1908年)、明神様は崩山に移されたが、いつしかこの比翼塚のことを人魚塚と呼ぶようになった[1]。なお、『越後佐渡の伝説』に、彼女の死体が海岸に流れ着いたとき「長い髪が波に揺れ、まるで人魚のようだった」という記述がある[2]

寿々木米若の浪曲「佐渡情話」は、この伝説がもとになって生まれた[3]。また、小川未明の小説「赤いろうそくと人魚」にも影響を与えた[4]

出典[編集]

  1. 『大潟町史』 大潟町史編さん委員会、大潟町、1988年5月30日、709-710頁。NCIDBN03141263
  2. 『越後佐渡の伝説』 小山直嗣、第一法規出版、1975年、73頁。ASIN: B000J98NZ6
  3. 小山直嗣 『越佐の伝説』 野島出版、新潟県三条市、1967年、94-95頁。doi:10.11501/9545688
  4. 小山直嗣 『続・越佐の伝説』 野島出版、新潟県三条市、1972年、56-57頁。