レナード・シャロウ

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レナード・シャロウ(Leonard Sharrow, 1915年8月4日 - 2004年8月9日)は、アメリカファゴット奏者。[1][2][3][4]

ハーレム出身[5]。ニューヨーク交響楽団のヴァイオリン奏者であった父サウルから幼少期よりヴァイオリンを学んだが、16歳の時にファゴットに夢中になり、1934年にはジュリアード音楽院でファゴットを専攻した。翌年には音楽院を卒業し、ワシントン・ナショナル交響楽団の首席ファゴット奏者となる。1937年にNBC交響楽団が発足すると、父と共に参加し、そのオーケストラの首席ファゴット奏者に就任。1941年には従軍したが、アルトゥーロ・トスカニーニに推薦状を書いてもらった為、アーヴィング・バーリンの「ディス・イズ・アーミー」のツアーにヴァイオリン兼ファゴット奏者として1945年まで参加していた。除隊後の1946年から翌年までデトロイト交響楽団の首席ファゴット奏者を務めたが、直ぐにNBC交響楽団の首席奏者に返り咲いた。1951年にはシカゴ交響楽団に首席奏者として移籍し、1964年まで在任。1977年から1987年まではピッツバーグ交響楽団の首席奏者であった。

教育活動にも熱心で、1949年から1951年までジュリアード音楽院、1963年から1977年までインディアナ大学ブルーミントン校、1979年から1981年までペンシルヴァニア州立大学、1981年から1986年までカーネギー・メロン大学、1986年から1989年までニューイングランド音楽院のそれぞれで後進の指導に当たった。

1999年から息子の住むシンシナティに住み、当地にて急性白血病に因り死去。

脚注[編集]

  1. Rhein, John von. “LEONARD SHARROW, 89”. Chicago Tribune. オリジナル2021年3月8日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/IwPQU 2021年3月8日閲覧。 
  2. Leonard Sharrow (August 4, 1915 — August 9, 2004), American educator, musician”. 2021年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月8日確認。
  3. Requiem”. 2021年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月8日確認。
  4. Principal Musicians Chicago Symphony”. 2021年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月8日確認。
  5. Druckenbrod, Andrew (2004年8月13日). “Obituary: Leonard Sharrow / Respected bassoonist was 'a joy to play with'”. Pittsburgh Post-Gazette. オリジナル2021年3月8日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/o5Wzw 2021年3月8日閲覧。