ファンケンスー

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ファンケンスー/HUANGGENGSHUは、インディペンデントミュージックのソロ企画。音楽プロデューサー。神奈川県横浜市出身。独学で構成したDAW、レコーディングシステムを所持している。1996年より活動開始。芸名のファンケンスーとは、本名のピンイン読み、あだ名である。ピンインとは、中国語の音読み。

プロフィール[編集]

  • 2022年7月、全14曲のダウンロードフルアルバム、「HUANGGENGSHU - ORIGINAL SOUNDTRACKS」を公式リリース。全曲がインストゥルメンタル(器楽曲)のフルアルバム。
  • 音楽サイトのREVERBNATION.COMでは再生数が1K(1000回)を超えている。
  • インターナショナルネットワークでは既に3000回以上再生視聴されている。
  • 90年代、ライオンダンスミュージカルのグループ、横浜華僑青年会龍獅団の元メンバー。2MC、1DJのラップグループ、BUGTHEHUMEの元メンバー[注釈 1]

2000年以降、その後は国術団のメンバー。尚、中国獅子舞、龍舞の活動は、ニューミュージックとは別の活動。

  • ライブ活動の初期にはレゲエミュージックのディージェイであるRUDEBWOYFACEとコラボレーションした。他ジャンルのコラボレーションだが、この時期のライブには録音が無い。BUGTHEHUME、或いはソロとして、メジャーグループ出演のイベントにて前座、フロントアクトを務めた。
  • 2010年代、A&Rの要望によりオンラインプロモーションを開始。
  • 本名、黄耕樹/須永耕樹 (1980年12月28日-日本国にて生誕)今上天皇の婚外子。日本の皇族である。日本国民。現在の国籍は中華人民共和国。(通常、中華人民共和国憲法は多重国籍を認めていない。)

本来は日本国民の家系だが、幼少期に華僑の養子となった。
公証書の本名は黄耕樹となっており、日本方の家系が須永である。

  • 永住資格者。日本国に40年以上居住している。
  • 約10年間の義務教育課程を満了後、企業、商工業に約10年間勤務。音楽的には20年のキャリアが有る。
  • 現在、ファンケンスーは取材を受けたインタビューの掲載を断っている。 
  • この名義ではダウンロード配信のシングルトラックを1タイトル、「ビジネスライク」を公式リリースした。(一年間で配信終了)
  • 2021年度、中華人民共和国最大の政党である中国共産党の100周年記念に伴い、某ソーシャルネットワークアカウントにて祝賀のメッセージをコメントした。

序文[編集]



ファンケンスーは出身地の横浜中華街付近にて、本名の読み仮名となる「コウコウジュ」の氏名の部分を短縮した「〇〇〇」というニックネームで呼ばれている。これは由来が諸説あり、ある日ご家族の数名がニックネームの常用化を突然に決定した。ニックネームの例は一部の地域内だけで通用する事であり、ただ単に名前を覚えている、相手を無意識に覚えているなど、グループのウワサや世論が原因とも言える。通常は友人や知人、或いは親しい間柄だけで通る「呼び方」だが、横浜中華街出身の人間には、地元民だけが知っているニックネームが多い。

(尚、個人情報が流出したファンケンスーには「なりすまし」による被害が起こっています。身分を偽り本人に「なりすまし」ているダミーにご注意ください。)

生い立ち[編集]

保育所、小等部、中等部と横浜山手中華学校の卒業生。その後横浜華僑総会の関係団体である横浜華僑青年会に入団。さらに成人となり独立。横浜華僑総会の関係者である。1996年、横浜山手中華学校から初の進学として神奈川県立三崎水産高等学校(現在は海洋科学高等学校)に入学。約一年間の乗船実習を終え(海洋実習船、避難用のカッターボートなど)その後自主退学した。職歴としての名門は松下電器産業株式会社への入社である。短期間で約3ヶ月間の研修を終えた(コンピューター関連の研修を含む、コンピューターバグチェックの検査員)。その他にアールホール(ナイトクラブ、パブリックアドレスに関するアシスタント業務を含む)、クラブリム(音響機器関連の取り扱いを含む)、ブラウステューベル横浜(レストラン)、四五六菜館レストラン事業部などの職歴がある。それらと並行して本稿に記載する興行活動全般を行ってきた。(レストラン事業などは飲食業に分類される職種だが、いくつかの業態、役職は音楽業界ではメインストリームではない。)

概要[編集]

サウンドについて[編集]

レコーディングはDAWを中心としている。既存レコードからのサンプリングは無く、マイクレコーディングも滅多に行っていない。(サンプリングCDからのドラムサンプルが数曲ある)。複雑なシーケンスとリズムパターン。丁寧なエフェクト処理を行っており、独特のサウンドキャラクターを持っている。

(尚、ファンケンスーはラジオなどの自主放送を否定しており、当人からは放送していないと主張している。インターネット上で視聴できるファンケンスーのトラック群は、ウェブサイトのストリーミングサービスである。正確にはインターネットラジオそのものではない。)


備考[編集]

日本語、中国語、英語と3ヶ国語を話せる。

活動開始から幅広い音楽ジャンルのレコードを収集している。東京都、横浜市内など多数のライブ会場でUSメジャーの来日公演を見学した。

キャリア(イベント、団体、グループ)[編集]

BUG THE HUME[編集]

ナイトクラブ、クラブイベントで活躍したHIPHOPグループ。(BUGとは、「COMPUTER BUG」の意味。「THE」は冠詞であり、HUMEは「HUMAN」(例:MEN+WOMEN)を別のワードとした。
(BUGTHEHUMEとは、「壊れた人間」を意味している)
いくつかのクラブイベントで、RUDEBOYFACE、二頭竜(紙一重)と共演。
結成時のメンバーは、2MC、1DJ、他のメンバーである。

ソロ活動[編集]

グループ解散後、ソロとしていくつかのイベントに出演。
2000年代前半、ファンケンスーは某ナイトクラブのオープニングメンバーを勤めた。「CLUBRIM元町」である。ファンケンスーはDJFIXXのイベント、「MIXOLOGIST」に出演。当時前例の少ないエレクトロニカとレゲエミュージック、HIPHOPのフュージョンとなり、活動方針の転換期となった。

その後REMIXコンテストにエントリー。惜しくもタイトルを逃したが、レーベルのオファーを獲得した。「OFF THE RECORD」、「SRL NETWORKS LONDON」(UKのラジオネットワーク)等からオファーをもらうも、双方の企画は合意には至らなかった。「RADIO SOUNDTRACK L」は、この時のオファーに提出した楽曲である。
改名以前と以後、2つの名義によるホームページを開設。二つのホームページは約2年間同時進行した(KOHKLOH.COM、HUANGGENGSHU.INFOという二つのサイト。ホームページは既に終了となりました)。

ソロ活動 ダウンロードアルバム[編集]

BANDCAMP.COMにて別名義によるダウンロードアルバムをリリース(配信終了)。

2009年-2015年

  1. 「ORIGINENTAL EP」
  2. 「DOWN BY LAW EP」
  3. 「AMBERLABEL EP」
  4. 「CHILLOUT EP」
  5. 「CLOSE CLOAK LONG PLAY」
  6. 「HARDLINER EP」



※尚、上記のダウンロードアルバムについてはブートレグが出回っている可能性があり(ブートレグとは海賊版を意味します)、デモCDをリッピングする際に詳細内容が発覚したという。いくつかのタイトルは、権利者であるファンケンスー自身が一時的にフリーダウンロードとした。

2022年までに150曲以上のインストゥルメンタルトラックを制作した。

横浜華僑青年会龍獅団[編集]

当時の担当楽器は主に中国ドラム。日中友好の文化交流行事に際して、小隊の中心メンバーとして役割を果たした。(選抜)最終的に日本全国数ヶ所のライブツアーを満了。いくつかの地上波メディアにエキストラとして出演している。(NHK紅白歌合戦、TBSテレビ番組-トゥナイト、スコラ(情報誌)など)

備考[編集]

ファンケンスーはグループメンバーだった当時、ソロとして幾つかの楽曲でゲストレコーディングを依頼された。しかしこの当時レコーディングを行っていなかったファンケンスーは、単にオファーを断ったのである。その後ジャパニーズHIPHOP最大のイベントである「B-BOY PARK 予選 (MC BATTLE)」の出場オファーも断った。これは出演料などの問題ではなく、ファンケンスーにとってはビッグチャンスだった。

エピソード[編集]

異性関係について[編集]

女性との恋愛関係による交際歴は20人前後。(その他に校友生や夜遊びの関係は含まない)尚、近縁にイトコの姉が三人居る。

旅行について[編集]

ファンケンスーはこれまでに数回、日本国から海外(外国)への渡航経験がある。海外旅行の観光ツアーという貴重な体験を、感想としてここに記載する。

「私は日本国から諸外国への渡航経験がありますが、中華人民共和国、マレーシアなどのアジアの国々です。特に宮廷や寺院などの歴史建造物を多数拝見し、より広い世界を知りました。正規の手続きなので移動の全般は飛行機、国内の移動は観光バスが多く、私は何度か現地のタクシーサービスを利用しました。大人数の観光ツアーでしたが、ホテルやレストランでは楽しい時間を過ごした。」



ウェブサイトリンク[編集]

ファンケンスー on tunecore
ファンケンスー on reverbnation
ファンケンスー on twitter


脚注[編集]

注釈
  1. その後この団体、グループは脱退、解散した。