バーバラ・レイノルズ

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バーバラ・レイノルズ(Barbara Reynolds、1915年ー1990年)は、アメリカの反核平和運動家。

1951年(昭和26年)に、アメリカが設置した原爆傷害調査委員会(ABCC、現在の放射線影響研究所)の研究員であった夫と共に来日し、原爆被害の惨状に衝撃を受け以降反核平和運動に取り組んだ。1958年(昭和33年)に、太平洋のエニウェトク環礁の立ち入り禁止区域にヨットで乗り入れ、アメリカの水爆実験に抗議した。1962年(昭和37年)と1964年(昭和39年)の2度、被爆者や学者等と広島長崎平和巡礼を敢行し世界各国を平和行脚した。1965年(昭和40年)世界中から広島市を訪れる人々の出会いの窓口として特定非営利活動法人ワールドフレンドシップセンターを設立した。1975年(昭和50年)10月15日、広島市から特別名誉市民の称号を贈られた。

関連項目[編集]