デブラ・ミルケ事件
デブラ・ミルケ事件(Murder of Debra Milke)は、アメリカ合衆国アリゾナ州で息子を殺害したとして母親が死刑判決を受けた事件。後に再審が開かれて母親は25年越しの再審無罪となった。
概要[編集]
1989年12月にクリストファーが殺害される。殺人と児童虐待、誘拐の容疑でクリストファーの母親デブラ・ミルケ(Debra Milke)が、起訴されて1990年10月に共犯者とされた男二人と共に有罪となって死刑判決を受けた。判決では、クリストファーはショッピングモールにサンタクロースを見に行きたいとせがんでミルケの同居人だった男の車に乗車。男はショッピングモールには向かわず、友人を同乗させて町を離れ、人目につかない砂漠でクリストファーの頭部を撃って射殺したとされた。
目撃者[編集]
ミルケの有罪の決め手は捜査を担当した主任捜査官Aの証言。刑事は車に同乗した友人がミルケが殺人計画に関わったと供述したと主張していたが、同居人も友人もそのような証言の記録はなかった。さらに、刑事はミルケが「離婚したことで息子が邪魔になって2人を雇って息子を殺害させた」と自白したと主張しているが、ミルケ本人は否定。取り調べには同席者や録音も残っていなかった。目撃者や証拠もなく、実質的にこの刑事の証言のみが事件と死刑囚を結びつけるものだった。
刑事Aはうその証言などの数々の職権乱用や不正を犯した問題行動が多い人物だったことが分かる[1]。州当局はこの情報を裁判において開示していなかった。
再審[編集]
ミルケは、死刑判決確定後も無実を訴える。2013年3月にミルケの自白を聴取した刑事に関する証拠を検察側が提示していなかったとして有罪判決と死刑判決を覆した。同年9月6日に保釈金25万ドル(約2500万円)で保釈される[2]。2015年3月17日、アリゾナ州最高裁は検察側の上告を棄却。2015年3月23日、ミルケの再審無罪は確定した。
米NPO、死刑情報センター(Death Penalty Information Center)は、Aが長年にわたって汚職や宣誓下での偽証などにより告発されていたとしているが、裁判で明らかになっていない。アメリカ合衆国で過去40年の間に再審無罪となった死刑囚はミルケで151人目で女性では2人目[3]。