サクラダ

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

株式会社サクラダは、元東京証券取引所一部上場の橋梁工事・鉄骨製造業者である。2019年5月22日に東京地方裁判所より二度目の破産手続き開始決定を受けた。

概要[編集]

1895年(明治28年)11月櫻田元次郎が創業した個人企業が前身で、 1920年(大正9年)4月に法人に改組された老舗の橋梁工事業者である。業界屈指の名門企業と言われた。電力鉄塔、鉄骨製造分野にも進出した。

過去には「渡良瀬橋」などの橋梁を始め、本四架橋3ルートのひとつである1985年に竣工した「大鳴門橋」、1988年竣工の「北備讃瀬戸大橋」、東京都葛飾区の「かつしかハープ橋」を手掛けた。

  • 社名:(株)サクラダ
  • 本社:千葉市中央区中央2-3-16
  • 従業員:138名(2012年時点)
  • 負債総額:約26億9000万円(2012年時点)、2019年時点は調査中。

破綻の要因[編集]

1991年3月14日、広島市の工事現場で、長さ63.4メートル、重さ60トンの鋼製橋桁が10メートル下の県道に落下する事故が起きた。この事故では、県道で信号待ちしていた11台の車両が押しつぶされ、市民10人、建設作業員5人、合わせて15人が死亡し、8人が重傷を負う広島新交通システム橋桁落下事故の大惨事となった。サクラダは指名停止や営業停止などの行政処分を受けて経営に打撃となった。1998年には経理担当役員による100億円超のデリバティブ取引失敗による損失が発覚した。これが経営にとってダメ押しの一打になった。

自己破産申請[編集]

2006年3月には多額の債務免除を受けるとともに、第三者割当増資を受けて債務超過を解消し、改善の兆しを見せ売上を伸ばしていたが、赤字経営は続いた。2010年12月には懸案となっていた多額の有利子負債の解消のため生産拠点の市川工場を売却した。新たな生産拠点として千葉県袖ヶ浦市に工場を賃借し、設備移設計画も進めていたが、金融機関との調整は不調に終わり、資金繰りの悪化が続いていた。 2012年11月、東京地方裁判所へ自己破産申請をした[1]清算手続きを進めていたが、資産・負債の状況は債務超過であるとして、2019年、再度の自己破産を申請することになった[2]

沿革[編集]

  • 1895年、櫻田元次郎の個人企業として「桜田鉄工所」を創業する。
  • 1920年4月、「株式会社櫻田機械製造所」を設立する。
  • 1944年9月、櫻田機械工業株式会社に社名変更した。
  • 1961年10月、東京証券取引所第2部に上場。
  • 1989年9月、東京証券取引所1部へ指定替え。
  • 1990年4月、 現社名の「株式会社サクラダ」に変更。
  • 1991年3月14日広島新交通システム橋桁落下事故発生
  • 1992年3月期、年売上高約296億9600万円を計上する。
  • 2012年11月27日 -東京地方裁判所へ自己破産申請し、同日同地裁より破産手続き開始決定を受けた。
  • 2012年12月12、上場廃止
  • 2019年5月22日、東京地方裁判所より二度目の破産手続き開始決定を受けた。

竜崎鉄道2号蒸気機関車 (初代)[編集]

竜崎鉄道が、1900年(明治33年)から1902年(明治35年)頃に購入した機関車が竜崎鉄道2号蒸気機関車 (初代)である。竜崎鉄道の大株主が櫻田元次郎であった。機械製造の設備を持っていた桜田鉄工所が機関車の製造を担当したと推定されている。

[編集]