米を盗む
『米を盗む』(こめをぬすむ)は、香住春吾のユーモア短編小説。初出は『宝石』1955年6月増刊号。
梗概[編集]
舞台は戦後間もなくの農村地帯。この頃農家はどこでも、米の闇取引を行っていた。おとせ婆さんの家も例外ではなく、収穫した米を不法に売っている。ところが夫の太平爺さんに相談せずに売りすぎてしまったため、農業会に供出するぶんのお米がなくなってしまった。明日までに何とかして三俵分調達しなければ、ふたりは捕まることになってしまう。隣家の正作に借りるという手もあるが、正作は闇取引嫌いの男なので、素直に貸してくれるとは限らない。思案のすえ太平爺さんは、正作の倉庫から米を盗むことにした。夜じゅう隣村の弟に会っていた、という嘘のアリバイを作り、窃盗を実行する。三俵の米も弟に借りた、というふうにおとせに説明して騙すつもりだ。一方そうとは知らないおとせ婆さんは、爺さんが盗みに行った後から、酔った勢いで同じ盗み行為を発案し、実行する。おとせ婆さんは、万が一米俵が少なくなっていることがバレて問題になったとしても、正作に秘密で、正作の息子の正一に借りたのだ、と夫に説明すれば大丈夫だろうと踏んでいた。正作が闇取引嫌いの男なので、黙って正一にだけ話をつけた、といえば、仮に正作ひとりが騒ぎ立てたとしても話が通るからである。また、おとせと太平の娘・民子が、正一と付き合っているため、いざとなれば言い含められるだろう、という考えもあっての上のことだった。こうして太平とおとせがお互いにお互いを騙したまま、米三俵を調達しようとした。
一方の正一と民子はその夜、倉庫の中で逢引をしていた。ところが事のさなかに人の来る音がして、中断を余儀なくされる。暗闇で誰だかは分からないが、人が米を盗んでいったということだけは分かった。しかし状況が状況だけに、飛出して捕まえることも出来ずに、見過ごす。
明朝ひょんなことから足がつき、警察が太平家にやってきた。アリバイに自信のある太平は倉庫を見せるが、自分が知らないうちに三俵増えている。盗んできたのは三俵だけなのに、本来より六俵増えているのだ。慌てたおとせは予てからの嘘をつき、三俵は太平が隣村の弟から、三俵は自分が正作に内緒で正一から、別々の意思によって借りたのだ、ということにした。警察は正一へ事の真偽を確かめに行く。正一はまだ一切の事情を知らなかったが、昨夜の記憶と場の雰囲気から、事の次第を察し、咄嗟に機転を利かして「うん、貸しただ」と嘘の証言をする。自分のガールフレンドの親に恥をかかせないようにするためである。これにて一件落着かと思われたが、警察が「正一くん、いくら貸しただ?」と聞くと、「へえ、六俵です」。・・・・もとのもくあみ、全ての犯行が明らかになってしまって、太平とおとせの目論見はもろくも瓦解した。
如何にも地方の農村らしい小事件で、全篇にユーモア味あふれる作品である。