庄子宗光

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
記事をシェア:
X(旧Twitter)にシェアする
Threadsにシェアする
Facebookにシェアする
はてなブックマークにシェアする
LINEにシェアする
ナビゲーションに移動 検索に移動

庄子宗光(しょうじ むねみつ、1904年11月13日ー1986年10月18日)は、剣道家。

人物[編集]

宮城県柴田郡槻木町出身。仙台第一中学校、第二高等学校卒、1929年東京帝国大学法学部卒、報知新聞社に入る、1939年満州鉱業開発に入社、参事、総務課長、出願課長、出願部次長で敗戦を迎え、1946年帰国。満州時代満州国武道会常任理事、剣道部委員長。1952年代日本剣道連盟創立にあたり専務理事。54年理事長、64年任期満了で引退。全日本剣道連盟会長。

著書[編集]

  • 『剣道五十年』時事通信社、1956
  • 『剣道百年』時事通信社、1966
共著