四大歌唱力アイドル

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

四大歌唱力アイドル(よんだいかしょうりょくあいどる)は、極めて高い歌唱力を有していた4人の70年代アイドルの総称。その4人とは林寛子岩崎宏美高田みづえ石川ひとみを指しており、彼女らはアイドルの域を超えている歌唱力を持っていた。四大歌うまアイドルともいう。事実上の昭和アイドル歌唱力レベルのトップクラスにあたる。

概要[編集]

生歌での評価であり、全体通してのバランスや起伏を表現できることなど、あらゆる楽曲において実力を発揮していたことでの評価。尚且つ「夜のヒットスタジオ」など当時の大衆音楽番組への出演など一定の活躍と知名度のあったことが理由とされる[1]

その他[編集]

アイドルという言葉が浸透した1975年頃以降を対象としている[2]。そのため期待の歌手として現れた小柳ルミ子や、アイドルの草分け的な南沙織は含まれていない。また上記以外にも岡崎友紀、伊藤咲子、小林麻美、麻生よう子なども高い歌唱力を持っていたが、岡崎、麻生、小林はアイドルと当時は捉えられていなかったこと[3]などから外された。

80年代[編集]

衣装や演出と同じ括りにされ、歌唱力も過大評価されることも多いが、河合奈保子の歌唱力の高さはともかく、それ以外のアイドルについてはファンの意見によって根強い意見の対立があり、あえて総称されないのである。名のあがる中で、松田聖子は高音の素晴らしさに対し低音とのバランスがなく中弛みする点や曲によって実力が左右される点などからプロモーションや戦略の評価に対し、歌唱力については疑問が残る。柏原芳恵は裏声を多用しあえて歌いやすくしている点や「ハロー・グッバイ」では原曲などと比べて歌唱力とは別にその曲における表現が違うなど、歌唱方法から曲を暗いバラードにしてしまうことで、歌い方は時に歌の力を引き出せないことや、デビュー時のアダルト路線では歌唱力が全くないなどの点が指摘されている。

脚注[編集]

  1. https://matome.naver.jp/odai/2155263765220460001
  2. 1974年の林寛子やレコード売上に比例しない人気を得ていた木之内みどり、1975年の岩崎宏美、太田裕美片平なぎさ、岡田奈々ら人気アイドルの続出に伴い広まったとされる
  3. 岡崎はアイドルの言葉が広まる前の登場かつ女優としての人気や知名度が強い。また、小林はアイドルという言葉が広まる前にCMで人気となり、歌手としても活動した。1980年代の活躍によりアイドルと呼ばれる。実際、1974年の米国からの帰国後は筒美京平によって助けられるも、エチケットライオンの頃と異なるどこか暗いイメージは売り上げを出せなかった。その後、モデルとして人気を得ている