唯幻論
ナビゲーションに移動
検索に移動
唯幻論とは、フロイト派の心理学者である岸田秀が提出した概念である。
概要[編集]
類似のものに、吉本隆明の「共同幻想論」がある。
人間にとっては「食べ物」というのは単なる「食物」ではないが、モンシロチョウにとってはキャベツなどのアブラナ科の十字花植物のみが「食べ物」である。人間には紫外線は見えないが、モンシロチョウは紫外線域で雌雄を見分けている。こうして、人間は「生物としてのヒトの都合」に合わせて文化や文明を構築し、一種のシェルターを作って、その中で自己を確立していると岸田は述べている。
人間とコウモリの生活圏は一部重なっているが、手が翼になり、逆さにぶら下がって休息し、超音波で周囲を「見て」いるコウモリにとての「世界」は人間にとっての「世界」とは相当に異なったものであろう。
物理学者のジョン・ドルトンは、自身の目が赤い光を認知できないことを理解し、同じ人間でも「色彩」によっては同じ光景が異なって見えることがあることを指摘した。こうなると自閉が見ているこの世界は異なっているということにもなる。プロ棋士と将棋の素人では同じ盤面を見ても異なっているだろうし、プログラマが見ているプログラムのソースコードままた違う。リチャード・ファインマンは方程式に色がついて見えたという。
人間生活との関わり・利用[編集]
同じものを食べても美味いと思うか不味いと思うかは人それぞれであり、これは味覚のみならず嗅覚や視覚、それぞれの人育った文化や経験によってそれぞれ違う。つまり「食の世界」あるいは「料理の世界」という「共同幻想世界」(岸田はこれを「社会という哺育器」と呼んでいる)のなかに、「私的幻想」を持った個人がおり、これが相互に影響しあっているという考え方である。
参考文献[編集]
- 伊丹十三、岸田秀『哺育器の中の大人 ― 精神分析講義』
- トマス・ネーゲル/永井 均 『コウモリであるとはどのようなことか』