前橋市連続強盗殺人事件
前橋市連続強盗殺人事件(まえばししれんぞくごうとうさつじんじけん)は、2014年11月に前橋市日吉町1丁目、12月に前橋市三俣町2丁目で起きた連続強盗殺人事件。
概要[編集]
2014年11月と12月に前橋市日吉町1丁目、前橋市三俣町2丁目で相次いで起こった2つの強盗殺人事件。二人が死亡して、一人が軽傷を負った。
日吉町と三俣町の強盗殺人事件の現場からは、約700メートル離れた距離にある場所だった。
日吉町[編集]
群馬県前橋市日吉町1丁目で、民家で一人暮らしをしている93歳の女性Aが殺害されているのを、家を訪ねてきたAの長女が2014年11月11日に発見。午前11時20分頃に110番通報をした。
司法解剖の結果、2014年11月12日に刃物で頭部、顔、首を刺されたり切られたことによる失血死だと判明した[1]。両腕には抵抗の跡も見られている[2]。
三俣町[編集]
2014年12月16日午前11時50分ごろ、群馬県前橋市三俣町2丁目の民家に侵入した何者かにより、住人の80代の夫婦が殺傷される。事件当時に81歳の夫Bは死亡、80歳の妻Cも重傷を負った。Cは近所の女性に助けを求めて110番通報をして、首の周辺を複数箇所刺されて血を流して倒れているBを発見した[3]。Cは、侵入した男に「何も言わずに、突然刺された」と話して襲われながらも逃げ出したと説明している。リンゴ2個も奪われている。
逮捕[編集]
2014年12月26日、群馬県警は土屋和也を三俣町2丁目の民家に侵入してCを刃物で切りつけた殺人未遂容疑で再逮捕する[4]。取り調べに対して「カネ目的だった」と容疑を認める。土屋和也は、2014年12月21日に前橋市の飲食店に侵入したとして、建造物侵入容疑で12月23日に逮捕されていた。家宅捜査では、血の付いた安全靴と包丁を押収した[5]。
土屋和也の自宅にあった刃物からは、前橋市日吉町1丁目の住人で殺害された93歳女性のDNA型が検出された[6]。
2015年1月15日に三俣町の事件で夫Bへの殺人容疑で再逮捕した[7]。捜査関係者の話では、土屋和也は消費者金融に約130万円の借金があることが判明し、取り調べには「食べ物と金がほしかった」という旨の供述をしている。2015年1月30日の毎日新聞によると、捜査関係者の話で2015年2月には強盗殺人容疑で再逮捕する方針だという[8]。
2015年2月5日、群馬県警はAに対する強盗殺人容疑で再逮捕した[9]。容疑はAを殺害して、貯金箱の中にあった約5000円とパンと菓子(約500円相当)を奪ったもの。Cは、「被害者と面識はなく、高齢者が住んでいると思った無施錠の家を狙った。スマートフォンゲームに毎月4万〜5万円使うなどしていた」と話しており、生活に困窮していた。
起訴[編集]
2015年2月5日、日吉町の事件で強盗殺人・住居侵入などの罪で起訴[10]。リンゴ2個を奪って妻を刺して重傷とさせ、夫も刺殺したとした。逮捕容疑は殺人と殺人未遂だが、強盗殺人に切り替える。
2015年2月26日、日吉町の事件について強盗殺人、住居侵入の罪で追起訴する[11]。起訴状では頭や顔などをバールで殴って包丁で数回突き刺して殺害して、現金約7000円とリュックサックを奪ったとしている。
2016年7月20日に前橋地裁で死刑判決を受け、2018年2月14日に東京高裁で控訴棄却判決を受けた。 2020年9月8日に最高裁第三小法廷で上告棄却判決を受けて死刑が確定。
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ↑ 2014年11月13日、上毛新聞ニュース「女性死因は失血死 多数の傷、強い殺意か 前橋の強盗殺人」
- ↑ 2014年11月14日、上毛新聞ニュース「事前に凶器準備か 両腕に抵抗の痕 前橋の強盗殺人」
- ↑ 2014年12月17日、「侵入男に刺され重体 前橋、先月の強盗殺人との関連捜査 」
- ↑ 2014年12月26日、産経ニュース「前橋80代夫婦殺傷 20代無職の男を逮捕 殺人未遂容疑「カネ目的だった」」
- ↑ 2015年12月27日、朝日新聞DIGITAL、「容疑者宅から血のついた靴 前橋の夫婦襲撃、現場に足跡」
- ↑ 2015年1月1日、朝日新聞DIGITAL「容疑者宅の刃物に93歳女性のDNA型 前橋の殺傷事件」
- ↑ 2015年1月15日、朝日新聞DIGITAL「81歳殺人容疑で再逮捕へ 前橋殺傷「食べ物ほしくて」」
- ↑ 2015年1月30日、「前橋3人殺傷:強殺容疑で再逮捕方針「盗んだ米で生活」」
- ↑ 2015年2月5日、朝日新聞DIGITAL「93歳女性殺害容疑で再逮捕 前橋高齢者連続殺傷」
- ↑ 2015年2月5日、朝日新聞DIGITAL「強盗殺人などの罪で起訴」
- ↑ 2015年2月27日、産経ニュース「前橋の連続殺傷、強盗殺人で追起訴 弁護団「視野狭窄だった」」