人工心臓
『人工心臓』(じんこうしんぞう)は、小酒井不木の推理小説。『大衆文芸』大正15年(1926年)1月号に発表。
概要[編集]
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人工心臓発明者が、どのようにしてそれを発明したのか、述懐する形式の作品である。中途に、一般の読者にとってはかなり難解で煩わしい科学的解説がある。
主人公はかつてランゲらの機械説を信奉する科学の徒であった。同業者の妻と一緒に日々、人工心臓の開発に取り組んでいく。完成すれば、不老不死さえ不可能ではない、と思われた。研究の途中、主人公は結核のために、死の恐怖、死の恐怖にも勝る疾病の恐怖を味わう。彼は以後、医者は疾病の治癒は無論のこと、それによる恐怖を取り除くことが重要な役目だ、と考えるようになった。さいわい喀血はさほど重症化せず、彼はますます本腰を入れて人工心臓の開発に取り組む。機械説によれば、安定的に血液を体内に送り出す心臓がある限り、不安や恐怖などの感情は感じないはずであるからだ。疾病の恐怖が存在しない楽園の世界を目指して、ひたすら人工心臓の開発に取り組んでいく。・・・・・・・そして遂に、人工心臓が完成した。ところが今度は妻が結核で倒れてしまう。しかも今度のは重症で、およそ生き延びることは不可能であった。しかし妻は人工心臓が完成したのだから大丈夫だといい、死んだら私を人工心臓の実験台に用いてくれ、という。主人公は了解し、妻の死後、完成した人工心臓の取り付け手術を行う。取り付けが完了し、ほどなくすると妻は生き返った。主人公は感涙にむせび泣き、当の妻も「うれしい」と言ったが、続けてこういった。「わたし今、うれしいといったわねえ。しかし、うれしいという気持になれない」「あなた、済まない。笑おうと思っても笑えない。うれしがろうと思ってもうれしがれない。これでは生きていても何にもならない!」恐怖を取り除くことのみに情熱を傾けさせてきた彼らは、人工心臓がもつもう一方の働き、すなわち嬉しいという感情も封じてしまうことに、気づいていなかったのだった。
外部リンク[編集]
- 青空文庫 - 本文を無料で読むことが出来る。