世界三大肖像画家

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世界三大肖像画家(せかいさんだいしょうぞうがか)は、レンブラント(オランダ、1606年 - 1669年)、ディエゴ・ベラスケス(スペイン、1599年 - 1660年)、東洲斎写楽(江戸時代中期、生没年不詳)の3人である…と巷間言われているが、厳密に検証するとどうも疑わしい。

発端[編集]

1910年、ドイツの牧師Julius Kurth(1870年 - 1949年)が、著書Sharakuの中で、写楽を「レンブラントやベラスケスと並ぶ世界三大肖像画家」と称賛し、これがきっかけで大正(1912年 - 1926年)頃から日本でも(写楽の)評価が高まった、という説明をよく聞く。

流布[編集]

1930年代、経済学者で日本浮世絵協会会長の高橋誠一郎(1884年 - 1982年)が「世界三大肖像画家」として写楽を紹介した用例が見られる。

1968年、日本浮世絵協会が編集した『浮世絵名作選集〈第4〉写楽』の「はしがき」に、「世界中の人々から、レンブラントやベラスケスと並んだ世界の三大肖像画家として絶賛され、仰がれている」と記載がある。ただし、クルトのSharakuにそのような記述があるとは一言も言ってない[1]

実際のところ、クルトは写楽を世界三大肖像画家と言ったのだろうか。後述の様に多くの識者が疑問を示している。にもかかわらず、2013年の電子書籍に「クルトが世界三大肖像画家として紹介」という記述が残っている[2]

疑問[編集]

Sharakuの1910年初版、1922年改訂増補版、及び1994年の日本語訳版『写楽 SHARAKU』のいずれにも、クルトによる序文と本文に「世界三大肖像画家」「レンブラント」「ベラスケス」に関する記述は見られない。

日本語版『写楽 SHARAKU』においては翻訳者定村忠士による解題に「世界三大肖像画家」への言及はあるが、これは一般論として述べたものであり、クルト自身の文章を引用したものではない[3]

1995年、定村忠士は別の書籍で次のように述べる。

実際に『写楽』にあたってみると、そんな言葉はどこにも書かれていない。クルトは『写楽』以外にも『日本木版画史』(一九二五~二九年)など浮世絵に関する論文を多数発表している。おそらくそのどこかで、こうした趣旨の言葉を書いたものが、いつのまにやら『写楽』のなかの言葉として語られるようになったと推察するが、 少なくともこうしたまことしやかな紹介のしかたでは、どこまで本当にクルトの『写楽』を吟味したのか、まことに覚束ない。私には、写楽論議の危うさがここに現れているように思えてならない。 — [4]

2012年、中嶋修は「調べることができた中で」と断った上で「レンブラント、ベラスケス」という言葉が入った写楽論文の初出は1920年の仲田勝之助[5]によるものであろうとした[6]

2009年、佐々木幹雄も、1925年の仲田勝之助の著書『写楽』を引用し、

写楽に関する功臣は何と云っても独逸のクルト博士である。…(略)…一九一〇年…(略)…彼の詳しい研究“SHARAKU”をミュンヘンの一書肆から公刊した。それ以来である、写楽が一躍レンブラントやベラスクエスにさえ比肩すべき世界的大肖像画家たる栄誉を負うに至ったのは。 — [7]

ドイツ語で書かれたクルトの原文を理解できなかった後世の研究家たちは、仲田個人の見解である「それ以来である」以下の記述をクルトの説と勘違いし、「クルトが認定した三大肖像画家」説が一人歩きを始めてしまった、と述べる[8][9]

出典[編集]

  1. 日本浮世絵協会 1968.
  2. クールジャパン研究部 2013.
  3. Kurth 1994, p. 257.
  4. 定村 1995, p. 56.
  5. 仲田勝之助「束洲齋寫樂」、『美術画報』第43巻第8号、画報社、1920年、 106-109頁、 doi:10.11501/1898365
  6. 中嶋 2012, p. 241.
  7. 仲田 1925.
  8. 大好きドイツエッセイコンテスト2009 入賞者発表”. sn-bungei-kyoukai.com. 新日本文芸協会. 2020年3月23日確認。
  9. 佐々木幹雄 (2009年9月20日). “浮世絵師「写楽」の謎と真実”. 「真相解明」のマニュアル. 2020年3月23日確認。

参考文献[編集]

  • Julius Kurth 『Sharaku』 Piper、München、1911年(ドイツ語)。
  • Julius Kurth 『Sharaku, stark bearb. Aufl.』 R. Piper & Co、München、1922年(ドイツ語)。
  • ユリウス・クルト 『写楽 SHARAKU』 定村忠士, 蒲生潤二郎訳、アダチ版画研究所、1994年
  • 『浮世絵名作選集〈第4〉写楽』 日本浮世絵協会、山田書院、1968年ASIN: B000JB34FI
  • クールジャパン研究部(著者) (2013年12月18日) (日本語). 写楽 謎多き天才絵師 (電子書籍). ゴマブックス. 
  • 定村忠士 『決定版 写楽 幻の絵師の正体』 学習研究社〈歴史群像ライブラリー2〉、1995年ASIN: B00U2ZLYGM
  • 中嶋修 『〈東洲斎写楽〉考証』 彩流社、2012年。ISBN 978-4-7791-1806-7
  • 東洲斎写楽、仲田勝之助 『写楽』 アルス〈アルス美術叢書 第8編〉、1925年