よみもの:日本の映画発祥地はどこか

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Smiley.svg よみものページ
この「よみもの」は、%Zが作成したものです。
他ユーザーの編集も歓迎いたします。

一般に,映画は1895年にフランスのリュミネール兄弟が発明したシネマトグラフが起源とされる。またシネマトグラフの前身となるキネトスコープを1891年にアメリカのトーマス・エジソンが発明しているため、リュミエール兄弟とエジソンが映画の父と呼ばれている。

日本に映画が輸入されるのは、それらが発明された数年後で、キネトスコープは神戸で、シネマトグラフは大阪、京都でそれぞれ公開された。

そして現在、神戸・大阪・京都の三都市がそれぞれ日本映画発祥の地を主張しており、どの都市が本当の映画発祥地なのか、ここでは考察していく。

映画の発明[編集]

本節では、映画として最初に発明されたキネトスコープと、現在の映画館と同じスタイルである、一度に大勢の人が画面を観ることができるようになったシネマトグラフについて説明する。

キネトスコープ[編集]

キネトスコープ

キネトスコープは、1891年にアメリカでトーマス・エジソンによって発明された。図のような大きな箱にフィルムを装填し、筒の中を覗き込む仕組みである。一度に1人しか映画を観ることができない。


シネマトグラフ[編集]

シネマトグラフは、1895年にフランスのリュミエール兄弟によって発明された。シネマトグラフは、フィルムの像をキネトスコープのようにアイカップのスクリーンに映す代わりに、アーク灯と水レンズを使って機械の外のスクリーンに映すことができるようになっており、一度に大勢に映像を見せることができる。現在の映画はシネマトグラフが発展したもので、そのしくみや特性は、ほとんど変わっていない。シネマトグラフの初興行は1895年12月28日に行われ、映画はこの興行をもって誕生したとされる。また、リュミエール兄弟は1895年2月13日にシネマトグラフの特許を取得している。

日本映画発祥の地[編集]

本節では、日本の映画発祥地とされる神戸、大阪、京都について、それに至る経緯を大まかに述べる 。

神戸[編集]

神戸は日本で最初にキネトスコープの映画が公開された地である。エジソンがキネトスコープを発明した3年後の1896(明治29)年の11月25日から12月1日にかけて、神戸花隈町にあった神港倶楽部という建物で「活動写真」が公開された。毎年12月1日を映画の日と定めたのは、このことが由縁である(覚えやすいように12月1日)。

大阪[編集]

大阪は日本で最初に映画興行が行われた地である。リュミエール兄弟がシネマトグラフを発明した2年後の1897年2月15日に、フランスから輸入されたシネマトグラフを用いて、難波にある「南地演武場」にて有料公開を行われた。TOHOシネマズなんばにある小林一三の顕彰碑には「映画興行発祥の地」と記されている。

京都[編集]

京都は日本で最初にシネマトグラフによる試写が行われた地である。シネマトグラフは京都の実業家である稲畑勝太郎氏によって輸入された。稲畑氏の自伝では、1897年1月20日頃から2月初旬にかけての夜に試写に成功したとしている。また、2月15日に大阪で行われた映画興行は稲畑氏によるものである。

早見表[編集]

都市名 公開時期 映画の種類 公開形態
神戸 1896年11月25日 キネトスコープ  無料
大阪 1897年1月20日~2月初旬 シネマトグラフ  有料
京都 1897年2月15日 シネマトグラフ  無料

結論[編集]

映画というものの何の要素を重要視するかによって、日本の映画発祥地は異なってくる。